Club Jubilee

@jador_08

第1話 転機か転落か

Club Angeに勤めて3年が経とうとしていた。

初出勤の日、源氏名を”涼香 スズカ”と名乗りなさいと言ってくれたのは

ママの心遣いだ。

せっかく母からつけてもらった名前をまるまる変え、

別人のように名乗ることはしたくなかった私のわがままを、

当たり前のように受け入れたくれた。


そんなママから、閉店後の晩酌でお願いされた。

「あなたには華やかなネオンが似合うから、どうか六本木に

Angeの二号店を出して」と。

元は、IT・外資系の社長や役員の太客がママに軽く言った話なのだが、

確かに今の銀座店の広さでは客を帰してしまうこともあるのが現状だ。

改装している間に常連が来なくなると考えると、なるほど確かに。


そもそも、15だと知って雇ってくれたママには大きな恩がある。

けれども、ろくに勉強をしてこなかった私に経営者が務まるかというところで

簡単には返事が出来ない。


営業後、小さいころ父に連れられ、母が父と離婚してからも父と密会していた

馴染みのBar TAROに向かう。


「京香ちゃんいらっしゃい!。。あ、スズカね今日は」


「いいよ~京香じゃん。タロさんにはオフだよ私」


うちの店ではチーママから着物出勤だから、一目でマスターにも

出勤後だと分かるのだ。


「どうした?元気ないね」


「いや~~仕事のあとだから疲れてるの」


タロウさんのハイボールは世界一だと思う。

優しくもウィスキーだよ、って言われているような味がする。




「京香ちゃん」


「ん??」


「もし僕が、歌舞伎町で2番目に高級なビルを安く買わないかって言っても

いらないよね?」


「えっ、どゆこと?」


タロウさんが歌舞伎町と縁のある人間だとは、外見からは全く分からない。

小洒落たじいさん、まさに銀座。


「息子がクラブ経営していた頃に買ったものなんだけど、

一昨年亡くなったじゃない。それで僕のものになったんだけど、もう僕も死ぬの待つだけでしょ~。」


「タロウさん、それは言いすぎ!!ばりっばりじゃん

うちの店になんてタロウさんと同い年の社長がわんさか来るよ」


タロウさんの息子さんは、ホストから経営者に駆け上がり、

順調だったはずが一昨年自殺をした。

意外と繊細だったのか、信頼していたキャストが病死してしまったのを

後を追うようにして亡くなったのだという。



「でもほら、京香ちゃん入店してすぐにナンバー1なってから

ずっとキープだろ?それで1年後にチーママって、

きっと経営のセンスもあるだろうから。」



「いーよ」



「え?」



「安くじゃなくて元値で買う。

それで私がホストクラブやって、タロウさんに好きなお酒飲ませる!

ちょっとは銀座で自信ついたから」


「ええ、っと、嬉しいけど、京香ちゃん、もう少し考えても良いんだよ?

息子でさえ長く迷ったから」


「いーの!決まった!答えでたー!ありがとう!

さっそく家で考え事するから、店のこと詳しく今度教えてっ」


代金をおいて、タクシーで帰路につく。

まだ肌寒いけど、お金がなくてどうしようもなかったあの頃に比べたら

なんにも寒くない。


タロウさんには、父が残していった借金を半分くらい出してもらった。

だから私たち家族は家も社会的信用と呼ばれるものも失わずに済んだ。

加えて、初任給で返そうとした父の借金の肩代わり分を断った。

だから、親と同じくらいの恩があるし、幸せにしたいと思う。



5603号室、 港区のマンションを買った。

母はタワマンが嫌いだから、すぐ近くの低層マンションを買って弟と暮らしている。

私は小さいころから一生いいな~って、見上げている人生なのだとそう思っていた。

人生は何が起こるか分からないと教えてくれたのは水商売だ。


たぶん、ホストクラブを経営する女性オーナーは日本にいない。

つまり、私が初めてのそれになる。

どうなるか分からないからこそ、賭けてみたいと思った。



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