ほぼほぼ毎日三題噺

東野みやこ

第1話


 なあにこれ、と当然の感想を横にいる栄子がつぶやいた。それに対して、宇宙だね、と僕は呟く。

 薄暗い研究室の一室で、僕らは宇宙と対峙していた。とある大学の古ぼけた研究室。そんなところに、宇宙はあった。


 目の前には金庫がひとつ。その中に、宇宙が収められていた。

「どうして、宇宙をこんなに大事にしまっているのかしら」と栄子は言う。

「そりゃあ、大切にしまっておかなければ、誰かに盗まれてしまうからさ」と僕は答えた。

 そんなものかしら、と栄子。ゆっくりと宇宙へと手を伸ばし、触れるかどうかのところでひゃっ、と声をあげ、思わず引っ込める。

「今何か、吸い込まれそうな気がしたわ」

「それが宇宙ってものさ」と僕。

 ちょっと怖いわね、と栄子は言う。

「これなら、金庫にしまっておかなくてもよさそうなのに」と首をかしげる。

 僕自身もそう思う。しかし、それでも金庫に入っているということは、何かから守られているということだ。

「外の世界は危険だからね」

「宇宙より外なんてあるの?」

「じゃあ、僕たちが見つめているこれは一体なんだというんだい?」

「そりゃあ、宇宙よ」

 宇宙はいくつも存在する、という理論がある。それがパラレルだし、多次元だし、平行世界なのかもしれない。おそらく、それらはどれもある部分で正しくて、ある部分で間違っている。


「宇宙がいくつもあるというのなら、いったいどちらが内包されて、どちらが内包しているのかしら?」と栄子が言った。

 確かに、それは重要な問題だ。いったい、どちらが含み、どちらが含まれる関係なのだろう。

「メビウスの輪、みたいになっているのかもしれないよ」と僕は言った。

「どういうこと?」

「宇宙が見える、ということはこちらが目の前の宇宙を内包している、といえるだろう。でも、目の前の宇宙の中にも世界があって、こんな研究室があって、金庫の中に宇宙が入っているかもしれない」

「それが、今私たちがいる宇宙だってこと?」

「かもしれない」

 ふーん、と彼女は手を顎に当てて考える。

「一種のバックアップね」依存しあうバックアップ、と呟く。


 僕は宇宙を見つめた。金庫の中にちょこんと座っている宇宙。けど、確かに存在する。

 なら、と栄子が呟いた。

「どちらが本物かしら」

「本物?」

「そう、本物。バックアップということは、保存用でしょう? ということは、どちらかが先行して存在したはず」

 確かに、と思う。

「でも、それは今となってはもうわからないんじゃないかな。証明する方法が、僕にはわからない」

「そうね。でも、双子の兄弟見たいなもので、どちらかが先行したはずよ」

 宇宙にも戸籍謄本があればいいのに、と彼女は呟いた。

「まあ、ないだろうね」

「残念ね」

 栄子はかがんで、金庫の中の宇宙を覗き込んだ。

「もしどちらかが本物だとして、その本物が壊れてしまったら、バックアップの方は本物たり得るのかしら」

 少し僕は考える。本物がなくなったバックアップ。それは、本物の代わりになるのだろうか。

「考え方によってはそうだね」

「なかなか難しいものね」

「そんな難しいことを考えなくてもいいために、金庫にしまっているんじゃないかな」

 なるほど、それもひとつの答えね、と栄子は呟く。


 僕らは金庫の扉を閉め、研究室をあとにした。







20170225

東のみやこは「宇宙」「金庫」「ゆがんだ世界」を使って創作するんだ!ジャンルは「ホラー」だよ!頑張ってね!

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