第17話 檻の中の仲間たち

 お着替えを終えて更衣室を出たあたしたち一同は、看守さんの指示のもと、四方に囲まれたフェンスの内側へと移動した。

「もじもじするなー! てきぱき歩けー!」

 そして、最後の受刑者であるあたしがそこへ入ると、フェンスのドアがガシャンと閉められ、カギをガチャリと掛けられた。


《『しらゆり刑務所』屋外グラウンド・フェンス内――PM13:00》


「本日は催し物――球技大会のため、競技の進行はお前たちの完全自主制でおこなってもらう! 各自、節度を充分にわきまえて運動に勤しめ! なお、体調を崩した者や怪我人が出た場合は速やかに最寄りの刑務官へと申し出ろ! 説明は以上!」

 看守さんのマシンガントークが終わると、ほかの子たちが一斉に各々の方向へと散らばり始めた。


 昨日のうちから準備が成されていたようで、グラウンドには四つの小さなサッカーコートが手前から奥の順に並んでおり、ゴールポストやスコアボード、ベンチまでもがしっかりと用意されている。

 端っこのほうには公衆トイレのようなものも設置されている。学校のグラウンドに比べるとやや狭いが、その環境はかなり整っているようだ。

「…………」

 しかし、フェンス付近の内外には数名の看守さんがうろうろとしている。

 試合には関与してこないうえ、その距離も離れているものの、やはり監視だけは行われているようだ。


「早川、私たち「Hチーム」のコートは一番奥だ。こっちにきたまえ」


「あ、はい!」

 先輩に手を招かれ、あたしは奥へ駆け出した。靴がちょっとぶかぶかなので走りにくい。

 前のほうを見渡すと、そのコートには、あたしたち三人のほか、杏里ちゃんを含む九人の女の子たちが集まってきている。


「はあ……はあ……」

 ……ちょっと走っただけで息が切れた。

 へろへろと合流したあたしは、とりあえず呼吸を整える。


 顔を上げたときには、みんなが六人ずつの二つの束に分かれていた。

「素真穂ちゃん! こっちのら~!」

 あたしはもちろん、二人がいるほうへと足を運ぶ。


「早川、まずはキミにチームメイトを紹介しておく。隣の部屋のお三方だ。みんな優しい人だから安心してくれたまえ」


「あ、はい!」

 輪の中には三人の知らない子たちがいた。

 とりあえず自己紹介をしなくては。

「今日から『でぃふぇんだー』をやることになりました、早川素真穂です! よろしくお願いします!」


「犬山です。よろしく」

「猫川です。よろしくね」

「鳥井です。よろしくお願いします」


 先輩の言った通り、三人とも優しそうな感じなのでまずは一安心である。

 しかも、みんなあたしより背が高くて運動神経が良さそうだ。特に目を引くのは犬山さんで、「私、運動部です」と言わんばかりに体格ががっしりとしている。

 この輪の中であれば、なんだか勝てそうな気がしてきた。


「それでは、今日のスターティングメンバーを発表する。これを見てくれたまえ」

 エリカ先輩がしゃがみ込み、地面にポジションを書き始めた。やはりこの輪においても指揮官キャプテンのような役割を担っているようだ。


 FW:宝条院エリカ

 MF:奈野原なのら

 DF:早川素真穂(あたし)

 GK:犬山さん


 控え:猫川さん、鳥井さん


「まずはこの体制でいこう。もちろん、疲れたらすぐに交代してくれて構わない。作戦も特になしだ。みんなでボールを繋いで一生懸命がんばろう!」

『えい、えい、おー!』

 エリカ先輩がこぶしを掲げ、あたしたち五人もそれに続いた。

「よし、まずは準備体操だ!」

『はあ~い!』

 その後、みんなでなかよく準備体操をおこない、互いの身体をほぐし合った。

『いっちに! さんし! ほいっちに! さんし!』

『ごおろく! しっちはっち! ほいっちに! さんし!』

 のびのびと身体を動かしていると、なんだか心まで気持ち良くなってくる。和やかなこの雰囲気であれば、運動が苦手なあたしでも楽しくやっていけそうだ。


「へいへいへ~い! 準備はできたか~? エリカちゃんよお~?」


 ……杏里ちゃんが近付いてきた。その手にはサッカーボールを持っている。

 

「ああ。こちらは準備万全さ」

 あたしたちを守るように先輩が前に出た。

「ルールの確認だ。試合時間は前半後半45分の計90分、審判などはベンチの人がおこなう。それで問題はないな?」


「オッケーイ。そんじゃあ、さっそく試合を始めようぜ」

 承諾した杏里ちゃんは、ボールを蹴りながらコートの中へと入っていった。

 それに続き、相手チームの女の子たちも速やかにポジションについていく。


「よし、私たちもコートへ入ろう。みんな、お怪我には注意してくれたまえよ」

『はあ~い!』

 同様にあたしたちもそれぞれの位置に向かった。

 四人がコートに入り、二人がベンチに座る。

『がんばれえ~!』


 あたしは先輩に指示を受けながら、後ろのほうのポジションに立った。

 あたしは『でぃふぇんだー』なので、前から三番目の場所だ。後ろのゴール前には犬山さん、あたしの前にはなのらちゃん、さらに前にはエリカ先輩が立っている。


 さらにその先――相手チームのエリアには、杏里ちゃんを筆頭に、四人の女の子たちがゴールポストまでの道のりを守っている。その距離感は実際よりもはるか遠くにあるように見える。


『Aチーム』ポジション

 FW:鹿忍杏里

 MF:麻里子 

 DF:順子

 GK:伸代

 

 みんなとても上手そうだし、ボールの主導権も相手のチームから始まるようだ。

 果たして、あたしたちは勝てるのだろうか……――いや、少なくとも、この戦いの中で、杏里ちゃんに、あたしたち受刑者みんなが仲間であることを分かってもらわなければならない。そう、あたしたちの真の目的はそこにある。

 早川素真穂、16歳――背番号49番。うまくできるかわからないけど、一生懸命がんばります!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る