はくねつ! 球技大会!

第14話 えいえいおー

「そこまでっー! 全員手を止めて膝の上に置きなさあーい!」


 看守さんの号令が掛かり、ようやく午前中の刑務作業が終わった。

 そこかしこから一息を付く声が聞こえる。みんなそれぞれに沢山のメロンパンを食べていたようだ。


「ふぅ~。食ったのら~」

「やれやれ、ようやく終わったな。お疲れ、早川」

「はい! お疲れさまでした!」

 あたしたちの班は、若菜ちゃんの健闘もあり、実に100個以上のメロンパンを処理かんしょくすることができた。これらは本来、廃棄物として捨てられる運命にあった食品たちだ。それらをただ食べただけなので実感はないが、充分に社会に貢献できた結果であると言えるだろう。


「残りのメロンパンは我々従業員スタッフが美味しくいただく! 受刑者一同おまえたちは速やかに食堂へと移動せよ! 只今より休憩・昼食の時間とする!」

 強い口調で看守さんが指示を飛ばした。


(げふ……)

 朝食に続き、お腹いっぱいにメロンパンを食べたにもかかわらず、またしても食事の時間がやってくる。

 ……ここはフードファイター養成機関ですか?



※※※



《『しらゆり刑務所』一階・食堂――AM12:00》


 作業を終えたあたしたち一同は、隣にある食堂へと再び戻ってきた。

 朝食のときと同じく、受刑者たちが厨房の前に列をつくって配膳を受け取る。

『わいわい……がやがや……』


 同様に受け取ったあたしたち三人も、朝食のときと同じテーブルに着いた。

 昼食のメニューは、オニオンスープとほうれん草のおひたし。

 量が少なくてほっとした。正面のエリカ先輩いわく、残飯処理がある日はさすがに控えめらしい。

 隣に座るなのらちゃんも、あれほど食べたにもかかわらず、美味しそうにスープにがっついている。

「うまいのら~!」


「ふぅ……」

 あたしもスープをすすり、ようやくここで一息を付いた。

 いきなり色々とたいへんだったけど、なにはともあれ初めての刑務作業をきちんとこなすことができた。だつごくのことはさておき、この調子で次もがんばろう。

「そういえば、午後は何をするんでしたっけ?」

 もぐもぐしながらあたしが聞くと、エリカ先輩がスマートに答えてくれた。


「今日の午後はまず、運動の時間だ。外にあるグラウンドに出て体育がおこなわれる。私たちは未成年――社会に出るための身体作りも仕事の一環ってわけさ」


(げふ……)

 これだけお腹いっぱい食べた後に身体を動かすなんて、文系のあたしにとってはかなりハードな日程だ。やっぱりここは刑務所である。


「運動って……何をするんですか?」

 真っ暗な声であたしは聞いた。スポーツは全般的に苦手である。

 特にマラソンは嫌だ。マラソンだけは勘弁してほしい。


「今日は球技大会だ」

 先輩がシャキっと答える。


 あたしは混乱した。

 マラソンよりかはましだけど、球技ももちろん……大会?

「きゅ、きゅうぎたいかい?」


「ああ。ここ『しらゆり刑務所』では年に一回、三日連続で球技大会が行われる。今日はちょうどその最終日――決勝戦だ」


「け、けっしょうせん……」

 なにやら中途半端なタイミングで入所してしまったようだ。

 逮捕された翌日に球技大会の決勝戦に臨む女の子なんて、転校生でもありえない。


「まあ、いくら「大会」と言ってもそんなに固くなる必要はない。外部の人は当然見に来れないし、そもそもグラウンド自体が狭い。勝ったら景品のお菓子が貰えるってだけの、ただの小さな催し物ミニイベントさ」

 急落していくあたしのテンションとは反対に、エリカ先輩はどんどん活発になっていく。

「チームは2部屋ごとのだいたい6人――8つのチームに分かれている。キミはもちろん私たちと同じチームだ。安心したまえ」

 あたしが安心する間もなく、エリカ先輩は解説を進める。

「しらゆり刑務所・催し物その①『球技大会』とは、8つに分かれたチームが三日間をかけて総当たり形式で三つの球技を競い合い、その成績によって貰えるお菓子の量やグレードが変わってくる――ささやかながらも私たち受刑者にとっては負けられないイベントなのだよ」

 きらきらした目で先輩は熱く語っている。文武両道なのだろうか。

 正直あたしは、怪我さえしなければそれでいい流派の人間だ。

 遮るようにあたしは聞いた。

「ええっと……つまり、あたしたちは今日、一体なにをするんですか?」


「今日の種目は、ミニサッカーだ!」


(み、みにさっかー……)


「四対四でおこなう球蹴りサッカーさ。ひとつのチームは六人だから、残った二人は控え選手ベンチだ。オフサイドやらの細かいルールはない。手を使わずにボールをゴールへ運ぶだけ。簡単だろ?」


「は、はあ……」

 あたしは生粋のインドア派――おとなしい文学少女である。お部屋でもじもじしているのが好きなのだ。

 何度でも言おう――私は運動が苦手である。

 サッカーなんてほとんどやったことはない。

 したがって、ベンチがいいです。

「あたし、ベン――」


「素真穂ちゃん! スタメンをやるのら!」

 隣のなのらちゃんが、ぐっと身体を向けてきた。ほうれん草が口からはみ出ている。


「す、すためん……?」


「ああ。せっかくの球技大会なのに、出られないってのはかわいそうだからね……」

 慈悲深い声で先輩が言った。しかしすぐに調子が戻る。

「早川にはDFディフェンダーをお願いするよ。フィールドの一番後ろのポジションだ。後ろのほうでゴール前を守ってくれ」


「でぃ、でぃふぇんだー?」


「――なあに、心配するな。なんてたって、キミの前には私と奈野原がいるからね」「そうなのら」

 先輩が急に髪をかき上げ、なのらちゃんがいきなり腕を組んだ。

「私のポジションは前衛フォワード、奈野原は中衛ミッドフィルダーだ! したがって、後衛ディフェンダーであるキミのもとにボールが転がってくることはありえない! 安心したまえ!」

「ばっちりなのら!!!!」


「は、はあ……そういうことなら」

 なんとなく承諾してしまった。

 だってここで断ってしまったら、二人を否定することになる。信頼しなくては。

 まあ、あんまりボールがこないみたいだし、ちょっと疲れたらすぐにベンチの人と交代をすれば大丈夫だろう……。


「…………」


「…………」「…………」



「…………」


「…………」「…………」



「…………」


「…………」「…………」



 いや、大丈夫だ。あたしならきっとやれる。

 さっきも若菜ちゃんにだって勝てたじゃないか。

 自信を持て、早川素真穂、16歳。


「あたし、がんばります!」


「うむ。そうこなくてはな。よく言ったぞ、早川」

「さすがは素真穂ちゃん! 頼もしいのら! みんなで一緒にがんばろうぜなのらっ!」


「えい、えい、おー!」

 食堂でこぶしを掲げる三人。


 かくしてあたしは、午後から『でぃふぇんだー』をやることになった。

 ……ちょっとぎこちない笑顔で。

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