げきとう! フードファイト!

第6話 あさごはん

 目を開けると、いつもとは違う匂いがした。

 窓の格子で裁断された日光が、部屋の一部を照らしている。


《20YY年6月9日――『しらゆり刑務所』独居房213号室内・AM7:00》


 朝だ。朝がやってきた。

 入所2日目――刑務所で迎える初めての朝である。


「素真穂ちゃん! おはようなのら!」


 あたしの寝ぼけまなこに、なのらちゃんの笑顔が映った。

 なのらちゃんは左手にコップを持ち、右手でハブラシを頬張っている。


「お、おはよお……」

 むくりと身を起こすあたし。

 

「やあ。ぐっすり眠れたかい?」

 横を向くと、テーブルの前でエリカ先輩がカップをすすっていた。

 落ち着いた笑顔であたしに話しかける。

「もうすぐ朝食の時間が始まる。キミも布団を畳んで歯磨きなどを済ませたまえ」


「あ、はい……!」

 先輩は既に朝の支度を済ましているようだ。

 あたしもせっせとお布団を丸める。


「ここ『しらゆり刑務所』での食事は、基本的に食堂に移動して受刑者みんなで食べる決まりになっている。覚えておきたまえ」


「え、そうなんですか?」

 意外だ。刑務所のゴハンって、てっきりお部屋で食べるものかと思っていた。

 ということはつまり、ほかの部屋の子たちとも関わるということだろうか。


「ああ。おそらく私たちのコミュニケーション能力を育むためだろう。一般の刑務所と違い、生活プログラムの節々に学校教育の一環が見受けられる――さすがは未成年の女の子限定の収容施設といったところか、敵ながら見事だよ」

 エリカ先輩は朝から饒舌だ。カップの中身はコーヒーだろうか。

「ちなみに朝食が済んだら、そのまま隣にある作業室に移動して刑務作業が始まる。だから、〝朝の点呼〟が来る前にちゃんと用意を済ませておくんだぞ」

 最後になぜかウインクが飛んでくる。


「わかりました! ありがとうございます!」

 エリカ先輩がこれからの流れを丁寧に教えてくれた。

 正直よくわからなかったけど、どうやら急がなければならないようだ。


「がらがらがらあっ! がらがらがらあっ!」

 隅っこにある小さな流し台で、なのらちゃんがうがいをしている。

 どうやらあそこで歯磨きなどをおこなうようだ。

「準備完了だのら! 素真穂ちゃんも、どうぞ」


「うん! ありがとう!」

 あたしもそこへ移動し、顔を洗って歯を磨く。

 蛇口から出る水は、オウチのものよりもかなり冷い。

 そのせいか、いつもよりも一気にお目めが覚めた。

(よし、今日も一日がんばろう!)

 ……しかし本日からは刑務所である。


 朝の準備を終えたあたしは、エリカ先輩に聞いてみる。

「エリカ先輩! 刑務作業って、具体的には何をするんですか?」

 

「おお……よくぞ聞いてくれたな、早川」

 受けた先輩が嬉しそうに答える。

「刑務作業の内容は、日によって違うんだ。今日はたしか水曜日だから――――」


 ――ガチャッ!

 言いかけたエリカ先輩の台詞は、ドアの開閉によって遮られた。


「朝の点呼を始める! てきぱき並べ、囚人ども!」

 看守のお姉さんがずかずかと部屋に入ってきた。

 昨晩のこともあってか、ちょっと機嫌がわるそうだ。


「なのらあー!」

「ちっ、今日は早いな……」

 なのらちゃんとエリカ先輩が、慌てて正座を始めた。


 見よう見まねであたしも隣に並ぶ。

 なにやら、〝あさのてんこ〟とやらが始まるようだ。



「受刑番号47番!」

「はいなのら!」

「よし!」


「受刑番号48番!」

「ここにいるよ!」

「よし!」


「受刑番号49番!」

 あたしだ。

「は、はいっ」


「声が小さああああい! もっと大きな声で返事をしろ! いつまでももじもじしていたって何も変わらないぞ!? 現実を受け入れて前向きに人生をやり直すためにここにいるんだぞ!? わかっているのか!? やり直し!!!!」


「す、すみません!」

 めちゃくちゃ怒られた。

 やっぱりここは刑務所だ……朝一番から体育会系のノリである。


「受刑番号49番!」

「はあいっ!!!!」

「……よし!」


 今度は許された。お姉さんに認められたみたいでちょっと嬉しい。

 しかも、大きな声を出したら、なんだか気持ちが引き締まった。

 だつごくのことはさて置き、まずは今日一日がんばってみよう。


「よし、廊下に並べ! 食堂への移動を始める!」


 お姉さんの指示に従い、あたしたち三人は一列になって部屋を出た。

 こうなってしまうと、しばらくお喋りをする暇はなさそうだ。



『ざわざわ……』

 廊下に出ると、ほかの受刑者おんなのこたちが既に列を作っていた。

 あたしが部屋から出てくると、物珍しさにちらちらとこちらを見てくる。

 みんなあたしみたいな罪で捕まってしまったのだろうか、とても犯罪者とは思えないような可愛い子ばかりである。 


「おいそこ、もじもじするな! きをつけっ! きをつけっ!」


 あたしたちは綺麗に整列し、縦一列となった。

 まるで体育大会の合同練習――あたしは隊の最後尾だから、ちょっと気が楽だ。


「全体、前へならえっー! 行進開始っー! 一階・食堂へと移動せよっー!」


『いっち、に! さん、し! ごお、ろく! しっちはっち!』


 看守さんたちの号令に従い、あたしたち受刑者は軍隊のような足取りで行進を開始した。


「もじもじするなっー! もじもじするなっー!」


 廊下を進んで螺旋階段を下る。

 前にならって、あたしはてきぱきと身体を動かした。

 ……だけど、目の前にいるなのらちゃんの歩き方はあまり参考にならなかったので、ひとつ前にいるエリカ先輩の歩き方を真似していたことは内緒である。


『いっち、に! さん、し! ごお、ろく! しっちはっち!』


 一階の廊下を進んでいると、前方から美味しそうな匂いが漂ってきた。

 前のほうでは、食堂らしき部屋の扉が大きく開いている。


 

『ぐぐうううううう~!』


(あっ……)

 行進中、あたしはお腹を鳴らしてしまった。

 そういえば、昨日のお昼のお弁当以来、何も食べていない……。


「……………」

 後ろにいる看守のお姉さんも、さすがに『お腹を鳴らすな!』とまでは言ってこないだろう。

「も、もじもじするな……」


(……どうゆうことですか?)

 かくしてあたしたち一同は、食堂へと足を踏み入れた。



※※※



 扉をくぐると、ショッピングモールのフードコートみたいな風景が現れた。

 食堂はとても広く、中ほどに長いテーブルと座椅子がきれいに並べられている。

 奥には大きな厨房があり、その中で割烹着のおばちゃんたちが優しく待ち構えている。


 ――ギイー、バタン。ガチャリ。


 最後尾のあたしが部屋に入ると、カギを掛けられる音が聞こえた。

 部屋の片隅に「トイレ」、左のほうには「作業室」と書かれたプレートの付いた大きな扉がある――しばらくはこの一帯から出ることが許されないようだ。



「これより配膳を開始する! 一同、中央に並べっー!」

『はあーい!』

 

 前を歩く受刑者おんなのこたちが、列を組んだまま厨房の前へ並び始めた。

 厨房からお盆を受け取ると、奥のテーブルから次々と席に着いていく。

 どうやら、前のほうから順番にお料理が配られているようだ。

『わいわい……』

 お盆を手にした受刑者たちは、なんだか賑やかな雰囲気だ。

 それに対する看守さんの怒号は飛んでこない――食堂内での私語は禁じられていないらしい。ちょっと気が楽になる。

『がやがや……』


 しばらくすると、あたしたちの番がやってきた。

 エリカ先輩がお盆を受け取り、なのらちゃんもお盆を受け取る。

「どうもありがとう」「ありがとなのら!」


「はい。あなたもどうぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 優しそうなおばちゃんから、あたしもお盆を受け取った。

 お盆の上には、ごはんと味噌汁、あじの開きと、たくあん、ひじき。

 これぞ‶THE 日本の朝ごはん〟――湯気が立っていてとても美味しそうだ。

 またお腹が鳴ってしまう前に、早く席に着いてしまおう。

 


『グググウウッ!! グググググググウウッ!!』



(……え?)


 なにいまの音? お腹の音?

 これはあたしの音じゃない。

 あたしの背後から聞こえた音だ。


(ひいっ……!?)



「…………」

 最後尾だったはずのあたしの後ろには、いつの間にか人が立っていた。

 ドレッドヘアーの大柄な女の子。顔は、逞しい表情と言うか、イケメンに近い。

 身長2メートルはあるだろうか、身体周りもがっしりしていて、あたしの倍はありそうだ。まくられた刑務服の袖からは、筋肉質な両腕がお目見えしている。

 こ、この子は一体……?


(彼女は三階どくぼうから合流してきた受刑者だ! いいから早くこっちにきたまえ!)


 引き返してきたエリカ先輩の耳打ちを受け、あたしはすぐに目を伏せた。

 独房に住む凶悪犯――どうやら関わってはいけない人物のようだ。


「みんな~、こっちなのらあ~!」

 先に席に着いていたなのらちゃんが呼んでいる。

 だけど、そのテーブルに座っているのはなのらちゃんだけで、他のテーブルはきれいに埋まっている――端数になってしまっているようだ。


(詳しいことはあそこで話す。いったん落ち着こう)


 エリカ先輩の指示に従い、平静を装いながら奥のテーブルへと移動した。

 あたしはなのらちゃんの隣に座り、その隣にエリカ先輩が座る。

 席に着くなり、先輩が小さく口を開いた。

「独房にいる他の二人はいつも通り朝寝坊をしているようだが、今日に限って彼女が出て来てしまったか……。キミは運がわるいね」

 そんな不吉な前置きをしたあと、エリカ先輩は話し始めた。

 

「彼女の名前は『牛文字ぎゅうもんじ 若菜わかな』――都内の焼き肉店を7件も赤字に追い込んだ凶悪犯罪者だ。その通り名を〝無尽蔵の胃袋を持つ獣〟……」


「む、むじんぞうの、い、いぶくろをもつ、けもの!?」


「しっー! 静かにしたまえ」

 あたしの動揺も相まって、エリカ先輩の勢いは衰えない。

「彼女は、焼き肉店の食べ放題制度を利用して数々の店舗を食いつぶしてきた大食漢フードファイターだ。彼女が常連となった飲食店は全て経営が破綻し、閉店に追い込まれ、今は見る影もない。あげくは出入り禁止となった店で大暴れ――彼女は雑居房に入る間もなく独房の住人と化したのさ」


☆登場人物ファイル⑥

 受刑番号29:牛文字 若菜(19)

 罪状:『業務妨害』『器物破損』



「――そういうこった。自己紹介ありがとな」


 そして、解説を受けた当の本人――牛文字 若菜さんの逞しい身体が、あたしの向かいの席を揺らした。

「ここ、あいてるよな? 相席させてもらうぜ」


「ひいいいいっ!?」


 全員の着席を確認した看守さんが、大きな声で挨拶を煽る。

「これより朝食を開始する! 一同、礼っ!」


『いただきまあーす!!』


 心臓に響く受刑者の合唱。

 あさごはんの時間が始まった……。

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