第29話

 千聡と共に、帰路。

 朝も通ったひと気のない通学路までやって来た時。楓と会ったのは偶然なはずもはない。

 彼は丁度、パトカーを見送っていたところだった。

「無事だったか」

 言ってきたのも楓の方である。こちらを見つけると、彼は片手を上げて歩み寄ってきた。

「ああ。おかげさまでな。なんていうか……まあ、助かったよ」

 素直に礼が言えなかったのはなぜだろうかと、達真はなんとなしに考えたが。結論は出なかったので気にしないことにする。

 楓の方も気にしなかった。

「こっちの処理は今しがた終わったところだ。なんの支障もない。それより――」

 と、彼は学校の方角に目を向けると、クールな声音の中に微かな焦りを含めてきた。

「何か騒ぎがあったという噂を聞いた。まさか悪の軍団がオレをここに足止めして、本拠地である学校を狙ったのか?」

「なんでそういう発想に至るんだ」

 楓は至極真剣な様子だったが、それがなおさら呆れを呼んだ。

 肩をすくめる達真の代わりをするように、首を横に振って答えたのは千聡だった。もっとも千聡も、そして達真も正確には何が起きたのかを理解できていなかったため、ただ「爆発騒ぎがあった」と告げただけだったが。

 それでも楓は不審がって、「やはり悪の軍団が!」などと言い出して駆けつけようとしたため、千聡が必死に自然現象の可能性を説明していた。

 と、そんな時。

「いえ、あれは勇者様のせいです」

 などと言ってきたのは――妖精だった。

 いつの間にか達真の背後に異世界への扉である黒い渦が生まれ、そこから彼女が顔を出している。やはり異世界に逃げ込んでいたようだ。

「お前、無事だったのか。なんか焦げてるけど」

「それも勇者様のせいですよ!」

 あくまでも、彼女は繰り返してきた。煤けた顔で、けほっと黒い咳を吐き出してから。

「勇者様があんなに全力でぶん殴ったせいで、窓ガラスにぶつかって、強烈な火花が発生したりなんかして、結果として爆発したに違いありません!」

「どんな理屈だ!?」

 当然だが、達真は殴ってなどいなかった。まして殴ったところでそれほど吹っ飛ぶはずはないし、爆発などするはずがない――爆発と呼ばれる急激な化学変化は窓ガラスにぶつかった火花程度で発生するものではなく、もしもそれが発生するとなれば妖精はそもそも生きていない。ガラス、特に強化ガラスは時に爆発したと言われることがあるが、それは実際には爆発ではなく強化ガラスの特性によるもので……云々。

 と、達真の殴打が原因ではないことを説得、というより説明し始めたのは千聡だったが。

「あれはなんだっただろうな」

 妖精が怒涛のまくし立てに狼狽している間に、達真は改めて考えた。とはいえ結論が出せるものでもない。爆発の前に一瞬見えた光の正体もわからない。

 思えば窓が爆発したのなら、妖精がそちらへ飛んでいった理由もわからなかった。確かに、殴られたと思い込めばそう見えるかもしれないが――

「そういや妖精、なんでお前はまだ出てこないんだ?」

 妖精の姿を見やって、ふと達真は疑問を抱いた。彼女は未だに、肩から下を渦の中に引っ込ませたままだったのだ。

 楓が珍しがって後ろへ回り込むも、当然だがそこには何もない。

「そ、それはほら」

 妖精はなぜか顔を赤くして、口を尖らせた。

「勇者様に暴行されて、服がボロボロになってしまったので」

「無闇に変な言い方をするな!」

 要するに、爆発によって服が焼けたらしい。それで出るに出られないということか――

「って、恥じらいなんかあったのか、お前」

「ほっといてくださいっ」

 そこに触れられること自体を恥じるように、妖精は怒り半分で犬歯を見せてきた。

 ……その直後だった。

 ひゅごおおおっ! と突然、周囲に突風が吹き荒れ始めた。

「な、なんだ!?」

 竜巻のような暴風である。さらに言えばそれは、妖精が顔を出す異世界への渦の中に、全てを吸い込もうとしているような風向きだった。

「くっ、これは……!」

 抵抗しようとするが、その威力には全く逆らうことができない。特に渦の間近にいた達真と楓は後ずさることもできないほど、強力に引っ張られる。

 どこかに掴まろうという考えも浮かぶが、そんなことをしたら身体が千切られるのではないか、と思えてしまうほどだった。

 幸運だったのは、そもそも何かを掴むために腕を動かす、ということもできないほどの風圧だったということだ。

 おかげで抗うこともできず、そのまま渦、つまりは妖精の方へと引きずり込まれて――

「うおあ!?」

「きゃうっ!」

 磁石のように、どしんとふたりは激突した。

 憎らしいことに、中心にいた妖精は咄嗟に異世界へ逃げ込んだのか、二つの身体に挟まれてはいなかったらしい。

 しかしそのせいで、ふたりの身体は余計にぴったりと密着してしまった。

 足から腰、胸、そして――顔も。

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