第27話


 先頭に立っているのは赤い特効服の総長である。彼は以前よりも凶暴な顔と声で言ってくる。さらに言えば、以前よりも激しく首を上下に揺すりながら。

「この前はよくもやってくれたな、おい。どう落とし前つけてくれんだ!」

「いや、そんなこと言われても……やったのはほとんど俺じゃないし」

 詰め寄ってくる総長に対し、同じ分だけ後ずさる。言い訳じみているが事実でもあった。自分がやったのはひとりだけで……

「俺をやったのはてめえだろうが!」

「そういえばそうだったような気が……いや、でもあれは不可抗力というか偶然というか、そんな意図があったわけじゃなく」

「うるせえ!」

 一蹴されて、どうしようもなく黙る。元より話が通じる相手だとは思っていなかったが。

(どうする?)

 自分自身に問いかける。取れる行動はそう多くない。逃げるか、叫ぶか、謝るか。

 住宅街であるため、助けを求めて叫べば誰かが通報してくれるだろう。ただし逆に言えば、警察が来るまでは無防備だし、確実に彼らを逆上させる。

 謝るのは穏便に済ませられる可能性があるが、そもそも応じてくれる可能性が高くない。

 叫びながら逃げるのが最も一般的だろうとも思うが、こちらには千聡がいる。彼女を連れてどれだけ逃げられるかわからない。

(どうするか……)

 違う世界でしか発動しない力が憎らしい。しかし今は恨んでも仕方なく、達真はとにかく千聡を守ろうと、彼女をそっと背に隠した。

 が――それが逆に、彼女に注目を向けさせることになってしまった。

「おい、いい奴連れてんじゃねえかよ」

 総長の怒り声が、急に下卑たものに変わった。

 まずい――と達真は胸中で舌打ちする。彼らに新たな”目的”を与えてしまった。こんなことなら、大人しく殴られておけばよかった。

 しかしいまさら後悔しても遅く、総長が言ってくる。

「そいつをちょっと貸してくれりゃあ、許してやってもいいぞ」

「達真……」

 怯えた声で囁いてきたのは、千聡である。達真はそれにどう答えるべきか、悩む時間もほとんど残されていなかった。

「……ゆっくり下がってから、叫んで逃げろ。そうすりゃ、一応は助かる」

 告げて、達真は一歩だけ前に進み出た。問答して時間を稼ぎ、あとは殴られて時間を稼ぐしかなかった。それでせめて千聡くらいは逃げられるようにしなければならない。

 そう決心したのだが――直後。

「なに真面目な顔してやがんだ!」

 全く理不尽に、達真は殴り倒された。

 首がぐるっと回転しそうなほど頬を横殴りにされて、声も上げられないうちに倒れる。

 その代わりでもしてくれたのか、悲鳴を上げたのは千聡だった。ただし達真には、それがよく聞こえなかった。

 千聡の悲鳴と同時に、倒れた横顔、耳の辺りを踏みつけられていたためだ。

「てめえのせいで三日も寝込んで、コンサートに行けなかったんだよ! わかってんのか!」

「総長の心に突然湧き上がったフィルハーモニー魂どうしてくれんだ!」

「おかげで連合軍の名前をフィルハーモニー連合にしようとか言い出しちまってんだよ!」

(純朴か!)

 などとツッコむこともできないが。

 ともかく達真は総長のみならず、何人かの団員に踏まれ続けた。恐らく全身、靴跡が付いていない箇所などなくなっているだろう。

 その間、悲鳴はやはり聞こえなかったが――代わりに別の声だけは、妙にハッキリと聞き取ってしまった。

「おい、てめえはこっちだ!」

「サツが来るまでに、こいつだけさっさと持っていこうぜ!」

(千聡――)

 助けようと手を伸ばそうとするが、動く前にやはり踏みつけられてしまう。

 身体は動かない。声も出せなかった。千聡の悲鳴は周囲の民家に届いただろうが、警察が来るまでどれくらいかかるのか。それまに千聡は、どうなってしまうのか。

 達真は考えたくもない想像に頭を支配され、しかしそれも次第に白んでいく……

 最後に聞いたのは、意味のわからない声だった

「これほどの悪となれば、とうとう変身できるかもしれんな」

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