第4話 晴れ時々曇り ところにより蜂の襲撃(4)

隣の車両に出た後にコロが私に話しかけてきた。


「少尉殿。自分は彼女に惚れました。この戦闘が終わったら彼女に僕の子供を産んでもらおうと思います。」

「おま、いきなり何を言い出すんだ!というか、いきなり子供とか早すぎるだろう!惚れっぽすぎだ。だいたい、それは何回目のとんでも発言だ!」


私はコロとぎゃあぎゃあと叫び合いながら戦闘車両に向かった。




             ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 





彼はずっと観察を続けていた。先に行った仲間に続くこともなく、ただ、じっと静かに遠くから観察を続けた。それは彼の同族にとっても異質に見える行為であったといえよう。ただ、彼は見極めたかった。あの小さな生き物達が自分達にとって取るに足らない餌に過ぎないのか、それとも充分に警戒しないとならない刃を持った敵なのか。仲間と小さな生き物達のやり取りを彼は遥か上空からずっと眺めていた。遥か遠くからでも彼の優れた目は充分に全てを眺めることができた。仲間が傷つき、倒れていく様を彼はじっと眺めていた。感慨などはなかった。むしろ小さな生き物達の危険性を見極める良い囮になってくれた。その程度の考えしか彼にはなかった。それは彼だけでなく、彼の種族に共通した価値観と言えた。仲間同士をいたわり合う、そんな感情は彼らの種族にはまったく存在しなかったからだ。惜しむべきは餌玉が粉々に消し飛んでしまったことだ。あれだけの食料が消えたことは本当に勿体なかったし、しくじった仲間にも腹が立った。そんな考えが頭の中でぐるぐると回った後に彼は判断した。

あの小さな生き物達と、彼らの操る鉄の筒は自分達にとっても充分な脅威だ。侮ってかかれば個体の消滅もありえる危険な獲物だ。だが、それだけに狩ることができれば達成感もひとしおであろう。彼にとって狩りとはそういったスリルを楽しむ、いわばゲームに近いものであった。ならば狩ろう。狩りを楽しもう。彼はそう結論づけた。だが、感情にまかせてすぐに襲い掛かることはしなかった。狩りをする際には獲物の油断している所を不意打ちするのが一番望ましい。 彼は上空でホバリングしながら気配を断った。羽音を消したのだ。そして辛抱強くじっと待った。獲物が一番油断する、その一瞬を。 不気味なくらいに辛抱強く、彼、いや、スズメバチは待ち続けた。





             ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 





「少尉殿。結局あれからスズメバチは襲ってきませんでしたね。」

「…我々を追うのをやめたのか、町のほうに行ったのかはわからないが警戒は怠るな。なんだか妙な胸騒ぎがする。」

「考え過ぎじゃありませんか。」


あくまでも楽天的なコロの言葉を私は列車を操縦しながら、脳内で蹴り飛ばした。これまでの経験上、こういうモヤモヤを感じる時はたいていロクなことが起きないものだ。根拠があるわけではなく、あくまでも私の勘がそう告げているだけに過ぎない。奴はまだ近くにいて我々を監視しているのではないか。そういう嫌すぎる想像が頭から離れない、ただそれだけのことだ。


「心配しすぎですよ。少尉殿は。それにもうすぐトンネルに入ります。そうすればハチも追ってはこれませんよ。」

「…どうだかな。」


私は煙草の煙をモワモワと口から垂れ流しながら、冷静に思案した。

私がハチならばどのタイミングで襲い掛かる。いや、どのタイミングならば1番奇襲を仕掛けやすい。そんなことを考えていた矢先、突然に声をかけられた。


「あ、あの、しょーいどの。」


思案を妨げられて不機嫌になった私はジロリと声をかけてきた相手を睨んだ。


「なんだ、リムリィ。今忙しいんだが。」

「いえ、あの…その…。やっぱりなんでもありません。」


睨まれた相手、つまりは私の部下であるリムリィは気弱な視線を向けて何事か言おうとした後に、犬耳をペたりと下げてしょげ返りながら押し黙った。

リムリィは普通の人間ではなく、弧狼族と人間の間に生まれたハーフ、世間的に言う犬耳というやつだ。とかく血筋や純血種を重んじる東国にとって二つの種族の交配した結果である犬耳は忌まわしい存在として長い歴史の中で迫害され続けてきた。血統などが不明瞭な自分からしてみれば愚劣なること極まりない、滅んでしまえと悪態をつきたくなる風習なのだが、東国の高貴なる血統連中は今でも露骨に犬耳を差別する。リムリィも例外ではなく、幼くして両親と死に別れた彼女はたちの悪い人買いに拾われたあげくに奴隷のような生活を余儀なくされてきた。 彼女の背中から下腹部に渡る大きな火傷の痕と身体のそこら中に残る大小の傷痕はその虐待のまぎれもない事実を物語っている。とある街で出会い、不憫に思った私とコロは彼女を奴隷のごとく虐待していた外道なる人買いを完膚なきまでに叩きのめし、二束三文で彼女を見受けした。以来、行き場を失った彼女は私達の列車に住み着いた。

コロなどは彼女のことを妹のように可愛がっているし、リムリィもコロを兄のように慕っている。私はこの性分のため、つい彼女にも強い口調で接してしまうが、別に彼女が嫌いというわけではない。むしろしっかりして欲しいという思いがあるから、つい強い口調になってしまう、それだけだ。そんなわけでつい今しがたも不機嫌が手伝ってぶっきらぼうに答えてしまったわけだ。そんな私を見るに見兼ねたコロが助け舟を出してくれた。


「どうしたんだ、リム。少尉殿はお忙しいから話があるなら僕が聞くよ。」

「あの、コロ兄さま…あの…。」

「なんだい、怯えずに言ってごらん。」


そんな二人のやり取りを横目で眺めながら私は溜息をついた。すでに列車は隣街に続くトンネルに差し掛かろうとしていた。


「あの…その…。」

「うん、なんだい。」

「…私、思うんです。次にハチが襲うとしたら、このトンネルの中に入ってすぐの瞬間じゃないかなって。」

「なんだってっ!!?」


トンネルの中に入るのとリムリィがそう言ったのは同時だった。それを合図にするようなタイミングで列車全体を揺るがせる震動が襲った。衝撃は一度で収まらなかった。何かが連続で追突するような衝撃が何度も襲い掛かり、立ってられなくなった私達は床にしがみついた。


「…リムリィ。ひとつ言っておくぞ。」


体勢をなんとか戻しながら、私は引き攣った笑みを浮かべて犬娘の名を呼んだ。


「は、はい。」

「そういうことは早く言えっ!!」

「は、はいっ!!?」


鏡がないので確かめようなどないのだが、よほど私は凄まじい形相をしていたらしい。リムリィは半泣きになりながら何度も何度も首を縦にブンブンと振った。


「少尉殿、これは。」

「ああ、残った一匹が攻撃を仕掛けてきている。今まで来なかったくせにトンネルに入った瞬間に攻撃するいやらしさを持ってるあたり…」


私はそこで言葉を切ると煙草を床に投げつけて踏み消した。


「奇行種と見て間違いないだろう。」


奇行種というのは混虫の中に時折現れる、いわいるセオリー通りの行動をしないはぐれ者のことだ。一般的に虫というものはその習性に従って行動する。私達人間は奴らの習性を考慮してある程度の戦略を持って虫との戦いに挑む術を持っているが、奇行種にはその一切が通用しない。奴らは習性を上回る自我を持って活動しているからだ。 私の言葉にコロは青ざめながら頷いた。私も彼も過去に三回だけ奇行種と戦ったことがあるが、あまりいい思い出はないため、それを思い出しているのだろう。

列車の残り武装や人員、地形などを考慮するとこれから奇行種と一戦交えるにはあまりにも戦況は我々に不利であるといえた。機銃などでは威嚇にしかならないし、唯一の有効打となるであろう主砲などはさらにまずい。ぶっ放した瞬間に凄まじい轟音と振動がトンネルの崩落を引き起こして生き埋めだ。頭の片隅にあったトンネルにさえ入ればなんとかなるだろうという甘い考えがあったのがこの事態を招いた。それは間違いないだろう。

私の思案はそこで打ち切られた。


「…いどの。あの、しょーいどの。」


気づけばリムリィが私の服の袖を引っ張りながら話しかけてきていた。お前、いつからそこにいたのだ。これからの戦略の組み立てにも繋がる思案を妨げられて私は再び不機嫌になった。認めよう。基本的に私は思案中に話しかけられるのが大嫌いなのだ。


「…なんだ、リムリィ。」


今にも食らいつきそうな私の剣幕におののきながらもリムリィは引き下がらなかった。


「…あの、失礼ながらご進言申し上げます。」

「ほう、なんだね。言ってみたまえ。」

「主砲を使うべきです。」


リムリィの提案に私はぎょっとなった。


「却下だ、却下!こんなトンネルの中で使ったら崩落を起こすに決まってるだろう。」


話にならない、私はリムリィの提案を却下して再び有効な戦略を練ろうと思案を再開しようとした。だが、リムリィは引き下がらなかった。彼女は気弱ながら芯の強そうな瞳で私に再び進言した。


「主砲を使うべきです。」


理解していないのか、私はカッとなって怒鳴りつけようとした。崩落を起こすんだぞ、崩落を。そこで私の脳裏に電気が走った。リムリィの言わんとしていることの真意を理解したのだ。


「…崩落が起きるんだぞ。」


その恐ろしい戦略に私は呆然と尋ねた。その言葉にリムリィは静かに頷いた。





              ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 





「…あいつ、たまに凄いことを言うよな。」

「リムのことですか。」


軍靴をカツカツと鳴らしながら足早に歩く私の影に従うように歩きながらコロは尋ね返してきた。


「ほかに誰がいる。あんな発案、普通は考えつかんぞ。あんなことを思いつく奴はよほど戦術に明るいやつか、もしくは…」

「もしくは?」

「よほどの馬鹿のどちらかだ。」


おそらくリムリィは後者なのだろうな、歩き続けながら、私はそんなことを考えた。どちらにせよ、ただ単に気の弱いだけの人間に考えつくようなまともな作戦ではない。どうやら私はあの居候に対する認識を相当に改める必要があるようだ。


「リムの白い耳を見ていると司狼伝説を思い出します。」

「司狼?」

「古い言い伝えですよ。我等の始祖、天狼に仕えし知恵を持った始祖の狼の一人。雪のような真っ白な体毛に身体を包んでいた彼は軍略にも非常に明るかったそうです。」

「あいつのは単にアルビノ(色素欠乏)なだけじゃないのかね。」


あいつが伝説の狼の血を引いているというのはあまり考えられない、むしろ悪い冗談の部類に入る。そう思えた。確かに本の虫ではあるが、ただの天然ドジ娘にしか見えないからなあ。私はそんなことを思いながら、べっこりへこんだ客室車両の区切りの扉を思い切り蹴り飛ばした。すでに取れかけていた扉が思い切り宙に舞い、闇の中に消えていく。


「まあ、そんなドジ娘の策に負けるわけだよ、お前は。」


私はそういってから開いた扉から覗き見れる、多少の距離を開けながらホバリングを続けるスズメバチを睨みつけた。


「コロ、発煙筒を仕掛けろ!」

「もうやってます!」


コロが叫ぶとともに私は威嚇用の弾丸を奴に放った。奴の装甲に普通の攻撃が意味を持たないことは百も承知だ。私が放った弾丸は特殊な臭いを発するペイント弾だ。虫が嫌いな臭いを発する、軍部が開発した特殊弾丸のひとつ。それが私の放った弾丸だ。数秒間怯むだけの時間稼ぎだが、今はその数秒を稼ぐことに意味があった。 案の定、鼻先で命中した弾丸に一瞬怯んだ後に虫はさらに怒りの叫びをあげた。私は発煙筒の煙が車両内に充満し始めたのを確認した後に後方へ走った。そして隣の車両へ移ると同時に叫んだ。


「よし!切れ!」

「はいっ!」


阿吽の呼吸でコロが列車同士の連結を刀で叩き斬る。鉄を斬ったというのにいまだに刃こぼれしないというのは、刀の素材に混虫の牙が使われているからなのか、それともコロの腕によるものか、あるいはその両方か。 どちらにせよ、切り離された車両はせまく逃げ道のないトンネルの中で綺麗にスズメバチに命中した。もちろん、そんなものが奴に効いているなどとは思わない。私の予想通りにしばらくの後にハチは再び我々の列車を追ってきた。


「さて、今ので1、2分といったところか。」

「あと二、三回繰り返す必要がありそうですね。」

「上等だ。」


全ては時間稼ぎのため。虫を怯ませる特殊な弾丸も、発煙筒を焚いて車両を切り離すのも全ては時間稼ぎのため。 切り離した車両の中から我々がいないことをすぐに見破られないようにするためにわざわざ発煙筒まで焚いているのだ。奴が本能より知恵が回るというのであれば、その賢しさを逆手に取ってやればいい。


「次だ、コロ。」

「少尉殿、せっかくですからいつものやつを唄いませんか。」

「いつものやつ?ああ、東部突撃蛮歌か。いいだろう!」


東部突撃蛮歌。それは兵達に伝わっている行軍歌だ。ゲスでろくでもない歌詞ながら、これを歌うと死の恐怖を多少はまぎれさせることができる。私がバリトンで唄い出すとコロのアルトソプラノがそれに続く。死線スレスレの戦場に不似合いな、どこか的外れに陽気な行軍歌。それを唄いながら私は思った。どうかこの列車があの世行きの列車になりませんように、と。




            ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 





轟音と振動を感じて運転席のリムリィは列車を操舵しながら祈った。祈ることしかリムリィにはできなかった。彼女の小さな身体は恐怖から小刻みに震えていた。怖い。とても怖い。だが、しょーいどのとコロ兄様はもっと怖い思いをしながら戦っている。だから私も自分に今できることを精一杯にやるだけだ。やがて列車の先頭のほうが明るくなってきた。外だ。トンネルの外に出たのだ。一瞬、気が抜けそうになる。だがすぐに気を引き締めた。むしろここからが本番だ。そう思いながら彼女は伝令管の連絡を待った。すぐに伝令管がリリン、リリリンと鳴った。トンネルを抜けた合図だ。 リムリィは伝令管を掴むと主砲射手に連絡を取った。


「主砲!目標、トンネル出口に向かって撃ってくださいっ!!」


瞬間、凄まじい轟音とともに主砲から弾丸が発射された。弾丸はトンネルに激突すると思い切り爆発した。同時にそれを起点としてトンネルの崩落が始まった。列車を追いながらまだ外に出ていなかったスズメバチは凄まじい振動を感じた。まずい、人間に近い感情で彼がそう思う暇があったかどうかは解らない。凄まじい速度でトンネル上部から凄まじい量の岩石を含んだ土砂が降り注ぎ、物を思う前に彼は絶命した。

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