その1

 まだ夜は明けていない。


 吐物で汚れた某都市の大通り。

 灰色のビルの一角で煌々と光るのは、24時間営業の花屋のあかりだ。


 ガラス張りの店内では、一見して高級とわかるスーツに身を包んだツーブロック髪の若い男がバラ100本の準備を言いつけ、そして路上にハザードを点滅させる白い高級国内車に手を振った。車内の女性はそれに気付かずディスプレイの輝きを顎の下で焚いている。


 道の外でホストが足元を失って倒れ、また新たな汚れを口から吐き出し、そのまま眠りにつく。



 こんな世界に生きていた事もあった。


 同じような服装をしていても、その襟の形にはこだわりがあるものだ。

 当時であればバラのような女性100人を家に連れ込んだが、突然の不感症に膝立ちのままこうべを垂らしていた。


 花が帰ってからようやく目覚め渇望する、それはそれは忌まわしき真実の愛。

 そんなものに左右されない獣たちが羨ましかったのを覚えている。


 夜は〈選ばれし者〉たちの世界だった。

 己の身体ひとつで、すべての困難を乗り越え、のし上がっていく世界。

 遺伝子的に劣等な人間は、昼間の奴隷になるしかない。


 そう思っていた。

 しかし、昼間の世界は変わりはじめている。



 空が青くなってきた。

 夜が明ける。

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