09: Day after tomorrow (2)
あれから三ヶ月が経過した。
やはり病状は回復しないらしい。それは僕が毎週のように会いに行って得た感想だった。
記憶の伝え合い――とは言ったけれど、正確には僕が記憶を思い出すことと、彼女の記憶を思い出させることが続く、ただのキャッチボールだった。
「そういえばこの前、あの人が来たんですよ」
「あの人って……親御さんのことかい?」
彼女はゆっくりと頷いた。
「あの人……面会には来るんですけれど、結局直ぐに帰っちゃって。たぶん、まだ生きているのかぐらいにしか思っていないのかもしれませんね」
「そんなこと……。仮にも親じゃないか」
「先生のお子さんだったら、いっぱい愛情を注いでくれそうですけれどね」
「……子供かあ。どっちかというと、君くらいの年齢だったら、兄妹のほうがまだ近いんじゃないかな」
「そんなものですか?」
「そんなものだよ」
彼女との会話は、とても楽しかった。
もちろん研究室と病室では違うけれど、それでも彼女との会話を続けていくことは――いつしか僕のライフワークとなっていたからだ。
あの日のことは、いまだに忘れない。
いや、忘れることが出来ない。
大学の講義が終わって、研究室に一人こもっているときに、連絡が入った。
連絡は――病院からだった。
「はい。――ですが」
「――さんですか。実は……」
電話の相手は、看護師だった。
看護師が言うには、彼女の病状が思わしくなく、家族に連絡をとったが家族はやってくる気配がない。
そうして誰に連絡すれば良いかと考えたとき、普段やってきている僕に連絡をしたのだという。
看護師の選択は正しかった。僕はそう思って仕事を投げ捨て急いで病院へと向かうのだった。
病院に到着したのはそれから一時間後のことだった。
病室は『面会謝絶』となっていたが、僕は入ることが許された。
中には白衣を着た医師と思われる男性と看護師が、彼女を見つめている。
そして彼女の身体は――すっかり痩せきっていた。呼吸器をつけて、今はゆっくりと眠っているように見える。
ドアを開けた音で看護師は振り返り、目を輝かせる。
「ああ……。間に合って良かった。今少し落ち着いた状態なんです。ささ、どうぞ声を掛けてください」
そうして看護師は僕にパイプ椅子を譲る。
彼女の脇に腰掛けて、彼女の顔を見つめる。
目を瞑ったままだったけれど、僕はゆっくりと話し始めた。
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