After Episode: Day after tomorrow

08: Day after tomorrow (1)

 最初は後悔しかなかった。

 確かに、記憶を伝え合うことは間違いでは無いと思う。ウェイト=ダグラス宣言が縛りを加えているだけに過ぎず、それを――さしあたって人間の感情を制圧することなど出来るはずがなかった。

 そもそも、記憶を失うことを、僕は悪いとは思わなかった。

 人間の生き方からして、記憶を失うことはそれに理に適っている。

 そもそも人間の記憶媒体である脳は、永遠に近い容量を確保出来るとは、到底誰も考えていないわけだから。

 やがて人は「忘れる」ことに恐怖を覚える時代が来るはずだ。

 ミルクパズル症候群は、そのきっかけに過ぎなかった。

 思い出を保管することに関しても、人々の中で賛否両論があった。


 賛成派の意見は、永遠に思い出を保管することが出来るし、ミルクパズル症候群の人が長生きすることが出来ることは、倫理的に正しいことだという主張。

 対して、反対派の意見は、悪いこと、悲しいこと、忘れてしまいたいことも永遠に覚えてしまうことになる。その気苦労に苛まれることで、人間はストレスを抱えながら生きていくのではないか――という主張。



 どちらの意見も間違っていないだろうし、実際それぞれの勢力は拮抗していた。

 僕は、それでいいと思う。

 どれが正しくて、どれが間違っているかなんて――そんなこと決めないほうがいい。

 その意見は、人それぞれなのだから。


「なあ。そうだろう? ――」


 そうして、僕は現実と直面する。

 目の前にあるのは、小さい墓だ。

 名前には、『彼女』の名前が書かれている。

 結局、彼女との交流はあれから十年近く続いた。僕が年上だから僕がばてて諦めてしまうと思っていたけれど――どうやら世界はそんな単純ではないようだった。

 二年前、彼女は病に倒れた。

 癌だと、医者は言っていた。

 突然のことで僕は頭が真っ白になった。……もちろん、現実に起きてはいないことだけれど。



 それからは、僕が彼女に会いに行く生活が続いた。

 彼女の親はあまり仲が良くないようで、一ヶ月に一度くらいしかやってこないと言っていた。

 僕はそれを聞いて「なんて親だ」とつい心にもないことを口にしてしまったけれど、彼女は笑っていた。


「あの人らしい、といえばそうではないですか? 先生」

「そんなものかな」

「そんなものですよ」


 僕と彼女の会話は、研究室と同じことが続いていた。

 要するに、記憶の伝え合い。

 まあ、病院だから研究室以上に配慮しないと――ウェイト=ダグラス宣言に違反したとして捕まってしまう恐れがあったから、いつも以上に慎重になったのは言うまでもないけれど。

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