逆転フレンズ

闇来留潔

逆転フレンズ そうぐう~さいばん~はんにん

じゃぱりとしょかんからサーバルたちがバスに乗って、へいげんとこはんの合間の、林の中で休息をとっていた時のことだった。

「あれあれ、何かなこの建物?」

 サーバルがそう言って見上げたのは、古ぼけた一軒の家だった。石を組んで作られた家で、中に入ると、長い間使われていないことがすぐに分かる、埃の匂いがむんと鼻をついた。

「ここも、フレンズさんが作ったものですかね」

「石で家を作るフレンズなんて見たことないよ! すごーい!」

「これなにかな……なんか文字が潰れてる……『五人以上で』……? なんだろ」

 サーバルが満足すると、ラッキービーストの待っているジャパリバスのもとに戻る。面白そうな建物だったが、古そうだし、危ないから奥まで入るのはやめておいた。

 古ぼけた家のあるところは、へいげんとこはんの間に流れている川の近くだった。 二人は昨日バスでここに辿り着き、バスの中で一晩休んだところだった。

「あれ! かばんちゃん! あそこに誰か倒れてる!」

 サーバルが指さす先を見てみると、川幅がそれなりに大きい川の真ん中に、広い中州があるのが見えた。川のこちら側がへいげん、川の向こう側がこはんの近くの林になっている。

 その中州に、何かのフレンズが一人横たわっているのだ。

 うつぶせに横たわって、後頭部から血を流しているのが見える。かなり背の高く、体格の良いフレンズだが、相当強い力で殴られたのだろう、その傷はかなり大きく、深い。その傍らには、赤黒い血の付いた大きな石が見える。河原の石だろうか。

「たいへん! ケガしてるよー!」

 サーバルちゃんが自慢のジャンプ力で川を飛び越える。倒れているフレンズに駆け寄って、声をかけたり、揺らしたりしているが、一向に反応はない。

「かばんちゃん! この子、うごかないよー?」

「サーバルちゃん! 息! 息してるか見て!」

 サーバルはきょとんとした顔をするので、「ハァハァしてるか見て!」と返す。

 サーバルちゃんは口のあたりをのぞき込んだりして、やがて「してないよー!」と伝えてきた。

 ――だとしたら、もう……。

 川の向こう側に横たわったフレンズを遠目に観察する。羽はない。耳も見当たらない。これといった特徴はなかった。

 ――もしかして、ヒトの仲間……?

 ――そうだとしても、あんなに変わり果てた姿になっては……。

 川を渡って調べてみたいが、川の流れは速く、渡れそうにない。泳ぎの得意なジャガーでも泳ぐのに苦労するだろう。

「じゃんぐるちほーの時みたいに出来ないかな?」

 サーバルちゃんが言うのに答えて首を振った。

「橋を作るのは無理だよ。泳げるフレンズがいないから危ないし、対岸に行けば、木もたくさんあるから材料もあるけど……」

 対岸の木を見ると、良く育っていて、その高さはこの川幅よりも大きいかもしれない。対岸の林の中には、切り口の綺麗な木が数本立っていた。

 サーバルが川を飛び越えて戻ってくる。

「かばんちゃん、あのフレンズはどうしたらいいのかな?」

「ううん……あそこまでケガがひどいと……もう」

「そんな……」

 サーバルの表情が曇った。

「あのフレンズ、私見たことないよ。一体何のフレンズなんだろう?」

「ううん。羽も耳もないし、手掛かりがないね……あ、そうだ、ラッキーさんに聞けば」

 あたりを見回したが、先ほどまでそこにいたはずのラッキービーストの姿がなかった。

「……ボス?」

「ラッキーさん?」

「あれれー? どこ行っちゃっただろう?」

「いなくなるのは珍しいことじゃないけど……へいげんでオーロックスさんたちに連れていかれたときは置き去りにしちゃったし。でも、こうざんで草刈りをやめたときだって、ひと声かけてから行ったのに……」

「そのうち、戻ってくるかな」

「たぶん、ラッキーさんのことだし大丈夫だと思うけど……あんな状態のフレンズさんを見た後だと、悪い想像しちゃうね」

「うーん、そういえばあのフレンズ、何だかいい匂いがするんだよね」

「いい匂い……?」

「そーなの。何だか、近づきたくなっちゃうっていうか……」

 そう言われてみると、風から漂ってくる匂いは心地よく感じられるようだ。一体何の匂いなのだろう?

「おお! あそこにいるのはかばん殿ではありませんか?」

 声のした方を向くと、対岸に二人のフレンズが見えた。

 大きく手を振っているのはプレーリードックだ。ビーバーは横で控えめに手を振りながら微笑んでいる。

「こんにちはであります!」

「こんにちは、っす」

「二人は散歩ー?」

「そうであります! また新しい家具を作りたくなったので、木を切りに来たのであります!」

「じゃあ、あの木もプレーリーさんとビーバーさんたちが……」

 二人は綺麗な切り口の木を見て、ああ、と声を上げた。

「そうであります! 昨日切ったものでありますよ。ああでもでも、一本は川の方に倒れて大変だったのであります!」

「あの時は、オレっちもちょっとびっくりしたっすよー」

「あああ、せっかく教えていただいたのに、申し訳ないであります」

「いいんすよ、思い切りの良さがプレーリーさんのいいところっす」

 二人が対岸でイチャイチャするのを横目に、なるほど、対岸にある木の綺麗な切り口は、プレーリードックのものか、と納得する。鋭い牙が特徴のプレーリーだ、あれくらい太く大きな木でも倒せるだろう。

「その時の木はどうしたんですかー?」

「川をまたいだから、そのまま放っておいたであります……二人じゃ力が足りなくてこっち岸に寄せられなかったでありますし……」

「いま見当たらないのは、きっと、川に流されちゃったっすね」

「とにかく、二人もこっちにおいでよ!」

 サーバルが言った。

「あのねあのね! こっちに面白いものがあるんだよ!」

「あ、じゃあ、また伐るでありますか!」

 待つっす、とビーバーが制止するのも聞かず、あっという間にプレーリー木を切り倒し、向こう岸まで大きな木の橋が出来た。

 木は倒れているフレンズには当たらずに倒れた。プレーリーとビーバーは木の上を歩いてくる道すがら、例のフレンズを見つけて驚いたようだった。

「じー」

 次いで、サーバルを見つめながら近づいてきたのはハシビロコウだ。へいげんとこはんに面した場所なので、そこに住んでいるフレンズが騒ぎを聞きつけて集まってきたのだろうか。

「こわいよ!」

「ひどい!」

 サーバルの突っ込みに、今度はいちはやく反応する。

「今日はヘラジカたちと一緒じゃないの?」

「うん。この前教えてもらった、足だけで球を蹴る遊びをたくさんして、みんな疲れちゃったんだ。今日はみんなお休みなの。このあたりでのんびりしているんじゃないかな」

「そーなんだ! そうだかばんちゃん、また新しい勝負考えてあげたら?」

「ええ……どうしましょう」

 そんな話をしていると、

「あら?」

 空から降りてきたのはトキだ。

「むふ。大事なわたしのファン。また会ったわね」

 聞けば、トキはジャパリカフェを拠点に自分の仲間探しを続けている最中で、サーバルたちの姿が見えて思わず降りてきたという。

「ここは暑すぎないし、寒すぎないし、ちょうどいいわね」

「あ、トキさん、こんにちは。ちょっと今、変なものを見つけて……」

 それから、トキ、プレーリー、ビーバーの三人に、倒れているフレンズについて知っていることを尋ねたが、みんな何も知らないということだった。見たこともないフレンズだという。「サンドスターはかばんちゃんが現れてから見てないけどなー」とサーバルが首を傾げた。

 ハシビロコウはじっと見つめるばかりで、なかなか口を開かない。

「うおっ、また面倒な奴らが……」

 見るとツチノコが立っていた。

「つ、ツチノコさん? どうしてこんなところに?」

「え? いやぁ、ははは、どうしてだろうな?」

 ツチノコは誤魔化すように笑った。

 それにしても、ラッキービーストが失踪したと思ったら、随分、次から次へとフレンズが現れたものである。

 ツチノコにも同じ質問をしたが、返ってくる返事はつれない。それよりも、古ぼけた家が気になってしょうがないようだ。

「遺跡か!?」

 ツチノコがいの一番に入ると、プレーリー、ビーバー、トキ、ハシビロコウ、サーバルが後に続いた。

「危ないよー」

「かばんちゃんも、そんなところにいないで、早く中に入ろうよ!」

 うーん、と唸りながら中に入っていく。

 建物に入り、部屋の入り口から見ると、中には謎めいた光景が広がっていた。

 一番奥に大きな机が一つ、真ん中には木で作られた円形の柵が置かれて、部屋の左と右には机が向かい合うように二つ置かれている。

 一体、何に使う部屋なんだろう……入り口の手前でためらう。

「あの、これは一体……?」

「その柵何に使うんだろうねー?」

「この中に立って、しゃがんで……こんにちはであります!」

 プレーリーがすくっと立ち上がる。柵の上に顔が出て、また引っ込むのを見て、サーバルが「私もやるー!」と嬉しそうにしている。

 部屋に足を踏み入れた瞬間だった。

 大きな音がして、誰かの声が聞こえた。

≪ようこそ(ザ―)へ! あなたは見事『はんにん』のフレンズを見つけて、(ザー)脱出(ザー)きるかな?≫

「え?」

「な、何っすか?」

 そして、いま入ってきた部屋の扉が閉じ、部屋の中に、ぼうっと明かりがついた。予想外の出来事に、部屋の中の全員が扉の方を見ていた。

≪今回は完全ゲームなので、情報の追加はありません。それぞれ、紙を受け取ってくださいね≫

 先ほどの声がして、入り口のあたりにずらっと十以上設置された箱に、紙がザッと吐き出されてきた。箱の上の壁に小さく出ている自分の顔を見てびっくりするが、やや遠くに置かれたほかのフレンズの箱を見る限り、全員同じように顔が壁に映っているようだった。

「これは……もしかして写真か……?」

 ツチノコが小さく呟いた。

「だとしたら、なんでこんなものが……」

「い、一体何っすかね」

≪ほかのフレンズに見せないように、こっそり、取ってね≫

「えっと、よく分かんないけど、かみ?を取ればいいんだね!」

「こっそりだなんて、何だかドキドキするわね」

 全員が自分の名前が表示された箱から、そっと紙を取っていく。プレーリーやサーバルは紙を取るのにも大騒ぎしていたが、こっそり、という言葉が効いたのか、トキやツチノコはそそくさと紙を取っていったようだ。

 ハシビロコウはしばらくの間、声のした天井の方を見上げていて、みんなもその様子を不思議がってハシビロコウを見つめていた。天井のその部分に、何だか小さな穴がたくさん開いたところがあって、あそこに人がいるのかしら、と思った。サーバルに声を掛けられて、ようやく紙を取りに行った。

 全員が紙を取り終わると、先ほどまで壁に現れていた顔(ツチノコが言うには写真?)が消えた。

「この紙……何が書いてあるんだろ……えっと、『たんてい』……? 推理して『はんにん』のフレンズを見つけよう……? なんなんだろ?」

「よくわかんないんだけど、はんにんって何ー? なんのフレンズ?」

「オマエは本当に面倒くさいな!」ツチノコが叫んだ。「はんにんっていうのはつまりだなあ、あそこにいた謎のフレンズを、殺したやつってことだよ!」

「こ、殺したでありますかっ!」

「私はやってないわよ」

 トキが冷静に答える。

「やっぱり一番怪しいのはプレーリー、オマエだな」

「ど、どういうことでありますかっ! 何もしてないでありますっ!」

「でも木は倒しただろ? オマエ、木を倒す向きをコントロールする方法を教えてもらったのに、川の方向に木を倒したらしいな」

「そ、それは、そうでありますが……」

 プレーリーはまたしゅんとしてしまう。

「やっぱりそうじゃないか。オマエはあのフレンズを殺すことが出来たってことだ」

「な、なんででありますか?」

「つまり、あのフレンズを殺すために、大きな木をまるまる一本倒したんだ、そうだろ?」


「頭を殴られたあのフレンズを見たとき、一体何が凶器だったのか考えた――ああ、凶器っていうのはだな、殴った『どうぐ』……んー、まあいい、そういう『もの』のことだ。オマエらはあの血の付いた石を想定していただろうが、あれはダミーだ。大きな木こそ本物のバカでかい凶器だったわけだな。川の方に倒したのはうっかりとか猪突猛進とかそんなことは関係ない。わざとだ。ビーバー、オマエの目の前で犯行は行われていたんだよ」

 プレーリーは青ざめた。

「わ、私なのでありますか……?」

 ビーバーが大声を上げた。

「ち、違うっす! プレーリーさんは……あ、でも、たしかに、周りが見えなくなっちゃうこともあるっすけど……そんなことをするフレンズじゃないっす!」

「び、ビーバー殿ぉ……」

 それから部屋の中は、自説を強行に通そうとするツチノコと、慌てるばかりのプレーリーと声をあげるばかりのビーバーの三人の声で大騒ぎになった。

「あの……」

「なにかばんちゃん? また何か思いついた?」

「えっと、一つ思いつきが……」

「何かあるでありますかっ!」

「あの……話し合いで決めたらどうかな、って……」

「話し合い、っすか」

「そうです。ほら、いまここには、向かい合っている机がありますから……まず、片方にツチノコさんが」

「おう」

「そして、もう片方にビーバーさんが」

「はいっす」

「それで、真ん中のここです。この柵みたいなところに、プレーリーさんが立ってください」

「そ、それで助けてもらえるでありますか?」

 おびえた顔をしたプレーリーに、「はい」と力強く返事した。

「僕は……じゃあ、ビーバーさんの方につきますね」

「ふん、まあいいだろ。それで、この状態で何するんだ?」

「ツチノコさんが攻撃、僕たちが防御です。今、はんにんかどうか疑われているのはプレーリーさんですから、ツチノコさんはプレーリーさんがはんにんと考えられる理由を、僕たちはそうとは言えない理由を言い合っていくんです。それで、サーバルちゃんと、トキさん、ハシビロコウさんに、どっちが本当らしいか決めてもらうんです。せっかくだから、あそこの奥の席に座ってもらいましょう」

 奥の大きな机のところに、三つ立派な椅子があった。サーバルやトキは、その椅子のしっかりとした作りにすごいすごいと囃しあっていた。

「どっちがいいか決めるのね」椅子に座って、楽しそうにしたトキが言う。「それなら、私は私のファンがいる方がいいわ」

「んだとぉ!」

 トキもさすがにびっくりしたらしく、目を丸くする。

「トキさん、僕がどうとかじゃなくて、僕たちの話している内容を聞いて決めてください。ちょっと、難しいかもしれないですけど……」

「ふうん、そうなの。わかったわ」

「じー」

「何だか面白そう!」

 ツチノコは三人の顔を見渡して顔を曇らせたが、大きくため息をつくと続けた。

「まあいいだろ。いいか、あの中州は、両側を川に挟まれている。泳げないフレンズには近づくこともできない。この中で泳げないのは、かばん、サーバル、プレーリー、トキ、ハシビロコウ、そして俺だな。ビーバーは泳げるが、昨日は大木が流されるくらい流れが速かったらしいから難しいだろうな。それなら、遠くから攻撃できればいいわけだ。それで、大きな木を切り倒してぶつければ、あの男を遠くから殴れると思ったんだ」

「ぜ、絶対にそんなことしてないっすよ!」

 ビーバーは反論するが、これといった理由を示せていない。

「異議ありです!」

「あら、カッコいいわね」

「えっと、何だか体が勝手に……」

「……どういうことだ?」

「ツチノコさんの説が正しいとすると、あのフレンズさんに木を一撃でぶつけた、ってことになります。ビーバーさんは、川の方に倒れる木を一本しか見てませんから。そうですよね?」

「は、はいっす」

「その一回で、中州の向こうで生きて動いていたフレンズさんに、きっちり木を当てるなんて無理ですよ」

「う……じゃあこういうのはどうだ? 家具用の木を切った後で、また戻ってきて、木を何本も切ったんだ。さすがのビーバーも、昨日と今日で切られた木の本数が違うとか、そんなことまでは覚えてないだろ?」

「それは無理っす! 帰ってきた後は、プレーリーさんと家でずっと一緒だったっす!」

「び、ビーバー殿ぉ」

 プレーリーは感動のまなざしをビーバーに向ける。

「サーバルちゃん、トキさん、ハシビロコウさん、僕たちとツチノコさんのどっちが信じられるか選んでください」

「かばんちゃんだよ!」

「私のファンね」

「じー」

 ハシビロコウだけは視線で伝えている。

「よ、よかったでありますっ! ビーバー殿と、かばん殿のおかげであります!」

「ちっ……それにしても、この場所、この状況、なんか思い出せそうなんだが……んー、まあいい。話しながらもう一人怪しい奴を思いついたからな」

「こ、今度は誰ですか?」

「それは……オマエだ!」

 ツチノコはサーバルを指さした。


「うみゃみゃみゃみゃー! 私、そんなことしてないよー!」

「そうか? さっきも言った通り、泳げないやつに中州に近づくことはできん。しかしその点、オマエなら自慢のジャンプ力で飛び越えられるだろう?」

「えっ」

「……うん。サーバルちゃん、さっき飛び越えてたよね」

「うみゃみゃみゃみゃ!? かばんちゃん!?」

「ほれ見ろ。お前も犯行可能じゃないか」

「だからしてないんだって!」

 ツチノコに言われて、サーバルはすっかり怯えてしまう。どうやって反論していいのかわからないのだろう。

「……出来るだけだったら、わたしにも出来るわ」

「トキさん!?」

 いつの間にか、トキが机の前に立ってサーバルの味方についていた。

「だって私、空を飛べるもの。ね?」

「……ぐっ、しかしだな、あのフレンズはかなり体格がいいのに、後頭部をあんなに傷つけられていたんだ。トキにそれほどの力があるとは思えないが……」

「そうね……でもどうかしら?」

 トキが水を向ける。

「そうですね……例えば、河原の石を持って、空高いところから落とす……これなら、トキさんにも犯行が出来ると思います」

「じゅ、重力で力をプラスするってのか?」ツチノコはあきれたような顔をした。「っていうかオマエ、どっちの味方なんだ……これじゃ今度はトキがピンチじゃないか」

「あらそうね。うふふ」

 でも、とトキは続ける。

「出来るだけなら、こんな風にいろいろなことが考えられるってことよ。そこにいるハシビロコウだって、動物だったころは飛べたはずよ。今がどうかは分からないけれど……」

「じー」

 ハシビロコウはじっとトキの方に視線を向けている。はんにん扱いされて、さすがに怒っているのだろうか。

「……あの」

 ハシビロコウは口を開いた。

「あの、私……昨日、ずっとあの河原にいたんだけど……」


「は?」

 ツチノコが声を上げた。

「おい……待て……なんでそんな大事なこと、今まで言わなかったんだ?」

「ごめんね……私その……じっと見て……機を、伺っちゃうっていうか……」

「ああ、待て待て。いい、いいから続けろ、続けてみろ。オマエは何を見たんだ?」

「えっと、私は川のへいげん側に立っていたんだけど、まず、向こう側から木が倒れてきたんだ。それでびっくりして、そっちを見たの。それからずっと、河原の方を見ていたんだけど……」

「そ、それで何を見たんだ? 空を飛ぶトキか? ジャンプするサーバルか?」

「えっと……ボスを」

「え?」

「は?」

「ボス!?」

 サーバルの素っ頓狂な声が上がった。

「ちょ、ちょっと待て。どうしてラッキービーストが出てくるんだ?」

「えっと、倒れた木を、橋みたいにして、ボスが渡っていったの。そして、中州に降りて、それからあの声がして、すぐにボスはこっち岸に戻ってきたよ」

「つまり、へいげん側だな?」

「ラッキーさんは、さっきまでは僕やサーバルちゃんと一緒にいたから、そこはおかしくないけど……」

「いつまで見ていたんだ」

「木が倒れてから……みんなが来るまでだよ。木が流されていっちゃうところも見た」

「嘘だろッ!?」

 ツチノコはひとしきりびっくりした後に、「よくもまあ」と言ってあきれたような表情を見せた。

「ってことは……ずっと中州にいて、木の陰に隠れ、ハシビロコウの目をやり過ごしていた……っていうトリックもなしだな」

「トリックってなになにー?」

「オマエは少し黙ってろーッ!」

 鼻息を荒くするツチノコをよそに、ハシビロコウが続ける。

「私がいた位置からは、ちょうど木が邪魔になって見えなかったから……木が流れて行って、ようやく中州にいるあのフレ……えっと、人形? が見えたの。さっきみんなと会うまで、どうしようーって、見ながら考えてたんだけど……」

 ツチノコは頭を抱えた。

 しかし、それよりも気になることがある。

「それよりも、ハシビロコウさん、さっき言った、『あの声』っていうのは……?」

「さっき、紙を取るようにーとか、『はんにん』のフレンズとか言ってた声だよ。あれと同じ声が、その時にもしたの」

「なっ」

「えええっ」

 ハシビロコウが、あの声が聞こえてきたときに、声がした天井の方をじっと見つめていたことを思い出す。

「それ、私も聞いたことあるよ!」サーバルが言った。「前にかばんちゃんが寝てた時にそうなったことがあって……」

「ああ、さばくの地下迷宮をクリアした後、ラッキービーストの目が緑色になって、出てきたあの声だろ?」ツチノコが叫んだ。「それが聞こえたってことはうぉぉはっあああっっっ!!」

 ツチノコが机を叩いた。その目はらんらんと輝き、息を荒くしていた。

「これはッ! 謎解きゲームだッ!」


「な、謎解きゲームでありますか?」

「何かしら? 歌うより楽しい?」

「いいか? 謎解きゲームっていうのはだなあ、あの異変が起こる前に人間の間で流行っていた遊びなんだ! 事件――多くの場合は殺『人』事件が起こって、それを起こしたはんにんを当てるっていう――ああもちろん、本当に『人』を殺すわけじゃないぞ? これはゲームなんだッ! 恐らくこの形式はリアル脱出ゲームに似た形式で――――」

 そこまで早口に語ってから、僕たちの視線に気付いてツチノコさんは急に顔を赤くした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁーッ! なんだこの野郎! フシャーッ!」

「ツチノコさん! 説明をやめないでください!」

 ツチノコさんは頭を掻いて、

「しょうがないな……俺たちは前に、砂漠の地下の巨大迷宮に入ったことがあるだろ? あれがアトラクションってやつだ」

「あ……それ、僕も聞いたことあります。たしか、サーバルちゃんと森の中で『もんだい』を解いたとき、ラッキービーストさんが同じことを言っていました」

「そうだ。人間を楽しませるために作られた施設やゲーム、それをジャパリパークでは『アトラクション』と言っている」

「えっと……僕たちが置かれているこの状況も、アトラクションの一つ、ってことですか」

「そういうことだ! そしてこれこそがナ・ゾ・ト・キ! 俺たちの中に一人だけ被害者役を殺した人間がいる! それを推理で当てるんだ! 入り口のところに『五人以上で』って書いてあっただろ? ヒト最低でも一人と、フレンズ五人以上で遊ぶ推理ゲームなんだ! 本当にあったとはな! ああいや、俺はその噂を聞きつけてこんなところまで来たわけだが……」

 ツチノコの興奮しきった弁舌を遮って、ようやく質問が放たれる。

「あ、あの……被害者役っていうのは……?」

「ああそれはだな、中州に横たわっていたあの人形だ」

「…………人形?」

「ん? そうだぞ。もしかしてオマエ、あれをフレンズだと思っていたのか?」

 ツチノコさんは腕組みをした。

「もともとヒトが遊ぶためのアトラクションだからな。個性豊かなフレンズたちのうちの誰かに、ヒトが殺されたという『設定』で遊ぶための場所なんだろう。だから、あの場所には被害者に見立てられた人形が置かれているんだ」

 人形……つまりフレンズの形を模しただけのものだったってことだ。いくらよくできていても、そんなものに誤魔化されるだろうか?

 と考えたところで、近づいたのは川を渡れたサーバルだけだということに気付いた。サーバルも、息をしてるかしてないかしかチェックはしなかった。プレーリーとビーバーは渡ってくる道すがらにちらりと見ただけだ。

「ひがいしゃのフレンズってなになにーっ!」

「だーっ! オマエらは少し静かにしてろーッ!」

 ひたすら混乱していく状況にくらくらしながら、僕はハッと気が付いた。

「そうか!」

「なになに? どうしたのかばんちゃん」

「これがアトラクションだとすると……ハシビロコウさんの言っていたことが分かるんです」

「じー」

 言葉こそ発しないが、ハシビロコウのまなざしは興味津々といった様子だ。

「ラッキーさんは僕……ええと、つまりヒトに反応して言葉を発するらしいですよね」

「うん。だってボス、かばんちゃんの来る前は全然しゃべらなかったもん」

「でも、ラッキーさんが喋る場合はもう一つあります。それはパーク内にある何らかのキッカケを発見した時です。さばくちほーの地下迷宮を抜けた後、ラッキーさんが女性の声で、地下迷宮の紹介を始めましたよね。あれと同じことが、今回も起こったんじゃないかと」

「そうかっ!」

 ツチノコは叫んだ。

「あの地下迷宮も、本格的に使われる前に例の異変が起きて――結局使われずにあそこにあったんだ! この謎解きゲームも条件は同じってことだろ! 地下迷宮の場合は出口の近くの石碑か土地が原因だと考えられるが、今回はあの『被害者役の人形』がスイッチになっていたんだ」

「つまり、ここにはずいぶん前から、あの中州に人形が置いてあって……」

「そうだ。ヒトを連れたラッキービーストがあの人形を見つけると、推理ゲームがスタートするんだ」

「はい、その時から、ラッキーさんはナゾトキゲームをするための行動を始めていて……」

「あ、じゃあもしかしていなくなったのって……」サーバルが言った。

「そのせいかも。だってほら、あの森での『もんだい』を解いていた時も、アトラクション中だから頑張って考えてね、って答えたでしょ? 今回はどんなヒントも出さないように、自分から隠れているのかも……」

 解けてみるとあっけないことで、死んだフレンズも実はおらず、失踪したラッキービーストもいずれ帰ってくる――そう考えたとき、部屋の中の緊張感が弛緩した。

「よかったっすー」

「本当よね。この中の誰かが本当にあのフレンズをやっつけっちゃたのかと思ったわ」

「でも、それじゃあ『はんにん役』っていうのはなんなんですか?」

「あー。それがな、そもそも正直者だらけで、本能で生きているフレンズたちに、殺害行為をさせて、しかも罪を逃れるように動け、だなんて、そんなことをさせるのは無理だったわけだ。だから、『架空の行為』っていうのを設定したんだな。可能性や方法からいって、このフレンズにはできたはず、っていうデータを読み込んで、コンピュータによる演算――ああ、なんかめちゃくちゃ頭の良い奴がめちゃくちゃ頑張るって思っておけ――が『はんにんになりうる』フレンズを考え出すんだ。そのフレンズが、ゲームにおける『はんにん役』になる」

 たとえば、とツチノコが続ける。

「今回の事件で、かばんとサーバルだけがいたとすると、二人は泳げず、中州を飛び越えられるのはサーバルだけだから、はんにんの可能性があるのはサーバルだ。だから、はんにん役はサーバルに割り振られる」

「うみゃみゃ!? わたしはんにんなの!?」

 ツチノコは舌打ちしつつサーバルを無視した。

「でも、五人以上のフレンズなんて、どうやって集めるんですか?」

「ひがいしゃ役の人形には、フレンズが心地よく感じる匂いがつけられている。かばん――ヒトには分からないかもしれんが」

 それがあの匂いの正体だったのか、と合点する。

「コンピュータ……このゲームを作ったやつは、フレンズの特性や、フレンズの事件前後の行動を特殊な方法で把握する。その上で、はんにんたりうるフレンズを決定する……んだとか。でもそうすると、情報を追加しないと、はんにんが二人にも三人にもなることがあるから、そういう場合は最初に言われるんだろうな」

「えっと……今回は、最初に『完全ゲームだから情報の追加はなし』って言ってましたよね。つまり、僕たちの知っていることだけではんにんが決まるってことですね」

「そういうことだ!」

 ツチノコは自慢げに言う。

「えっと……整理させてください。つまりこの中に、はんにん役のフレンズがいて……」

「そうだ! そいつを当てないと、俺たちはここから出られない」

「はんにん役のフレンズは、自分がはんにん役と分かってるんですか? だって、本当は何もしていないんですよね?」

「この部屋に入って、一人一人に紙が渡されただろ? はんにん役のフレンズには、自分が犯した犯行の内容と、はんにん役をやるにあたって注意することなんかがまとめてあるんだ。これについて発言するときは気をつけろよ、とかな」

「そのためのものだったのね」

「かばんの紙には何が書いてあったんだ?」

「えっと……『たんてい役』です。頑張ってはんにんを推理しよう、って」

「ふむ。まあ当然だろうな。オマエはこの中で唯一のヒトだ。ヒトを楽しませるためのアトラクションなんだから、たんてい役はオマエに決まっている」

「で、ツチノコさんは……?」

 ツチノコは自分の紙を取り出した。

「俺か? 俺は――読めん!」

「え?」

「そりゃあそうだ。ヒトの文字を読めるのなんてオマエ以外に誰がいるんだ?」

「……え?」

「あれ、文字っていうんすね。読めるなんて、すごいっす」

 ビーバーさんが首を傾げた。

「ほら、この調子なんだ。このゲームが結局遊ばれなかったのは、文字の読めないフレンズに、事件とかはんにんとか、そういう概念を伝達するのがそもそも難しかったからさ。

 そもそも、実際にやったことのないことについて、やったふりをしろだなんて、フレンズには荷が重い仕事だったんだな。まあこのアトラクション自体欠陥品ってワケだ」

 ツチノコはあっけらかんと言ってのける。

「まあオマエらも、結構楽しんだだろ? 自分の持ってる紙をかばんに渡せ。それではんにん役が分かって、それを指摘すれば帰れる」

「おうちに帰れるでありますか! よかったであります!」

 それからすぐに、プレーリードッグが首を傾げた。

「……で、紙とは?」

「……は?」

「……え?」

「もしかして、さっき箱に入っていたもの?」

 サーバルちゃんが言った。

「まさかオマエら……」

「あれ……さっきみんなで見せ合って、よくわかんないねって……まとめてどこかに……」

 ツチノコは悲鳴を上げた。

「オマエーッ! オマエらーッ! 何をやってるんだ!」

「また何かやってしまったでありますかーッ!」

 プレーリーさんが耳を押さえる。

「い、いいか……あれにははんにんが誰か書いてあったんだぞ? オマエらは自分が犯行をした記憶もない――あれ以外に、はんにんを見つける方法はないんだぞ! はんにんの指名チャンスは一回なんだぞ!」

 ツチノコに怒鳴られて、サーバルたちが慌てて部屋の隅に投げ捨てられた五枚の紙を取ってくる。

「自分がどれを持っていたか覚えてないのか!」

「わ、わかんないっす。なんか分からない形がいっぱいある、ってだけで……」

「ばかやろう! 誰がどの紙を持っていたか分かんないと――こっから出られないんだぞ! このゲーム作ったやつは、なんで紙に名前を書かないんだ! どうして写真なんかで……くそっ! わかってるよ! フレンズには文字が読めないからだろ!」

「そ、そうなんすか? もう無理っす、もうダメっす」

「だーっ! オマエらはどうして余計なことしかしないんだ! おいかばん、はんにん役の紙を読み上げろ! そこに、空飛んだとか、泳いだとか書いてあれば、全部解決だ!」

「それが……『オグロプレーリードッグが木を切り倒して橋を作った後、その上を渡っていき、頭を石で殴りつけた』って書いてあって……」

「なっ……!」

 ツチノコが絶句した。

「えっと、あの橋はへいげん側からも、こはん側からも渡れましたから……この中の誰でも、犯行は可能……ってことになりますね」

「そんなのってないよ!」

「もうカフェへ行けないの?」

「おうちに帰れないでありますか?」

「もう無理っす……」

 部屋の中を絶望感が覆いつくしていく。プレーリーとビーバーは抱き合って、おいおいと嘆き始めてしまった。

「……あの、一つ思いつきがあるんですが……」

「かばんちゃん! また何か思いついたの?」

「はい……もしかしたら、その紙を持っていたのが誰か、分かるかもしれません」

 強烈な期待が部屋の中に充満した。

「えっと、この部屋の中から、何か小さな粉にできるものを……あ、それとサーバルちゃん、ちょっと手を見せてもらっていいかな」

 うみゃ? と首を傾げたサーバルの手を握ると、その手にはめられた長い手袋を引き抜いて、自分の手袋も外してから、しばらく自分とサーバルの手を見比べる。

「か、かばんちゃん、何するの」

「……やっぱり。そんなに細かくわかるか、わからないけど……ううん……でも、五人のうちの二人だから……」

「ねえ、これとか使えないかしら?」

 トキが差し出したのは、黒いものが中心に通った細い木のようなものだった。爪で黒いところをひっかくとパラパラ、と黒い粉が落ちる。

「えんぴつ、だな。旧時代の――」

 ツチノコが言うのを遮って、

「使えそうですね」

 かばんは黒い粉を、はんにん役の紙の上に落としていく。粉を落とし、息を吹く行為を繰り返す。やがて、はんにん役の紙の上に、何かの模様のようなものが浮き出てきた。

「うみゃみゃみゃ!?」

「すごいわあなた、魔法も使えるの?」

「いや、こういう細かい粉を使えば、手の跡が出てくるんじゃないかと……前に、ジャパリバスに素手で触ってみたら、指の跡がちょっと残ったので、油、なんですかね。そういうことが、もしかしたら紙にも起こるかなあ、と。ほら、僕も、ビーバーさんも、トキさんも、サーバルちゃんも、手に手袋をはめてますよね。だから、紙に触っても跡は残りませんけど、ハシビロコウさんと、プレーリーさんは、手袋をしていないんです。ツチノコさんはずっと手を入れてるかわ分からないですけど、いま紙を持っているのを見ましたから。だからもし、はんにん役の紙を持ったのが、ハシビロコウさんか、プレーリーさんのどっちかなら、指の跡が残っているはずなんです」

 感動したようなため息が部屋の間に漏れる。

「それで、指の跡は出たの?」

「はい。こんな風にくっきりと……」

 紙の上に浮き出ているのは、綺麗な渦巻き模様だった。

「じゃあ、どっちかがはんにん役だったのね。照れるわね」

「私がはんにんでありますか? でも帰れるならそれでいいであります! バンザイであります!」

 疑われてびくついていたさっきとはえらい変わりようである。

「じー」

「で、ここからどうやって一人にするの?」

「それには、模様を見比べます。ほら、僕も自分の手とサーバルちゃんの手をよくよく見て気が付いたんですけど、この形、フレンズによってちょっとずつ違うみたいなんです。楕円が綺麗だったり、すこし歪んでたり、楕円じゃなくて、波みたいな形だったり……二人くらいなら、今見比べれると思います」

 プレーリーとハシビロコウの手、そして紙をためつすがめつ見比べていたが、やがて悲鳴を上げた。

「そんな!」

「どうしたかばん! どっちと一致したんだ?」

「どっちとも……どっちとも違う指です!」

「そんな馬鹿な!」ツチノコが叫んだ。「おかしいだろ、ここにいるのはこれで全員だぞ! おいオマエら、紙を持つときだけ、手袋を外したりしなかったか?」

「そんなことしてないよー!」

「してないわね」

「してないっす」

「だーっ! じゃあどうすりゃいいんだ!」

「あの……」

 ハシビロコウがおずおずと声を上げた。

「その……はんにん役のフレンズが、橋を渡って殺したっていうの……ありえないと思うんだけど」

「え? だって――ああ、そうでした! ハシビロコウさんがずっと見張っていたなら、橋を渡ることなんて不可能です!」

「ああそうか! おいハシビロコウ、オマエ本当に誰も見てないんだな?」

「私だって、こんな大変なことになってるのに、黙ってたりしないよ!」

 その時、かばんが顔を伏せて、しばらくしてから、ああっ、と声を上げた。

「分かった! 分かりました! 逆に考えるんです。誰にも指の跡が合わないんじゃなくて、指を調べていない誰かがこの中にいると考えるんです! ハシビロコウさんが見ていたから橋が渡れない、ではなく、はんにんは誰にも見られずに橋を渡ったんです!」

「そんなことできるのかしら?」トキは落ち着いた声で聴いた。

「はい。そして、このアトラクションのそもそもの始まりについて考えてみたんです。このアトラクションは、ヒト一名、つまり僕と、フレンズ五名以上で遊ぶことになっています。ここには、サーバルちゃん、ツチノコさん、プレーリーさん、ビーバーさん、ハシビロコウさん、トキさんの六人のフレンズがいます。だから、ゲームは開始された、こう思っていました。

 でも違ったんです。僕は最後にこの部屋に入りましたが、この部屋に入って、この木の柵のところまで来てしばらくしてからも、扉は閉まらなかった――ゲームは始まらなかったんです! これはなぜなんでしょうか? ヒントはツチノコさんの話の中にありました。このゲームでは『犯行の可能性』があるフレンズがはんにん役に指名されるんです! でも、実際にはハシビロコウさんが、現場の近くをずっと監視していた――これによって、この場にいるすべてのフレンズに犯行の可能性がなくなってしまったんです! サーバルちゃんが跳ぶことも、トキさんが飛ぶことも、誰かが泳いでいくことも、すべての可能性がなくなってしまいました。そんなことをしたら、ハシビロコウさんに見られてしまいますから。

 だからゲームは始められなかった。そのまま始めても、『解けないゲーム』になってしまうからです。でも、次の瞬間もう一人のフレンズがこの中に入って、このゲームは『解ける問題』になったんです――だからこそゲームが始まった! 定員が揃っていたのにしばらくゲームが始まらなかった理由はそれです!」

「おい血迷ったのか! 俺たちは扉が閉まったとき、驚いて扉を見ただろ! そこには誰もいなかったはずだ。その時誰が入ってきたっていうんだ!」

「誰か、までは確信がありません。ここがへいげんちほーなら、そのフレンズにも心当たりがありますが……そして、そのフレンズこそが『はんにん』役のフレンズ――姿を見られないまま行動できるフレンズなんです」

 そうしてかばんは、私を指さした。

「そうですよね――パンサーカメレオンさん」


≪正解です! おめでとうございます!≫

 その声と共に、部屋の扉が開いた。

 私はようやく擬態を解いて、みなの前に姿を現した。

「あー! カメレオンさんだ!」

 サーバルの声に答えて、「どうもでござる」と会釈する。

「カメレオンさん、いつからそこに……」

「えっと、だいぶ前からでござる。今日はお休みでござったから、忍びの修行と思い、隠れてみなに近づき、驚かせるつもりでござったが……やっているうちに、引っ込みがつかなくなったでござる」

「みんな、紙を取るときに気付かなかったっすか?」

「ほら、ハシビロコウさんが天井を見上げていた様子に、みんな注目していたから……その時に取ったのでござる」

 箱と箱の間には間隔があったし、写真は全員が紙を取った後に消えてしまった。だからみんな私の存在に気付かなかったのだろうが、本当ならあの時に言い出しておくべきだった。

「お、おかしいだろ。さっき紙を集めたときに集めた紙は五枚だった。俺とかばんを除けば、ここにいるのはカメレオンを含めて六人のはず。どうして五枚しか……」

「あ」

 ハシビロコウが声を上げた。

「あの、ずっといつ言い出すか迷ってたんだけど……これ、私の紙」

 ハシビロコウが胸ポケットから紙を取り出した。ツチノコがあんぐりと口を開ける。

「お、おおおおおおおお、オマエは……!」

「ご、ごめんねっ」

 ラッキービーストがとことこと歩いてきた。

「あ、ボス!」

≪アトラクションが終わったみたいだから、迎えに来たよ≫

「よかったー。ボスも帰ってきたし」サーバルが笑った。「でも、結構楽しかったね」

「ええ。何だかとってもドキドキしたわ。こんどアルパカも連れてこようかしら」

「自分はビーバーさんが守ってくれて感動したであります!」

「そ、そんな恥ずかしいっすよ~……でも、オレっちも結構面白かったっすね」

「あ、今度のライオンとヘラジカの戦い、これでやるのはどうかな」

「それもいいでござるね!」

 かばんは苦笑している。その横で、ツチノコがわなわなと体を震わせ、やがて爆発した。

「に……二度とオマエらなんかと、こんなゲームするかーッ!!!」

 その剣幕に、私たちは思わず顔を見合わせて笑いあった。

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逆転フレンズ 闇来留潔 @gigantdragon9

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