第24話 使命 05

 その日の夜。


 ジンは要塞内にある一般兵の宿舎ではなく、特別にあてがわれた一室のベッドに体を横たえていた。


 昼間にバラの心臓を起動させたせいで疲労は蓄積しているはずだが、胸がざわついて眠れなかった。


 アンカレラ尼僧長の言葉が本当ならば、ジンはムウとともに"神樹の実"を探しにいくことになる。そのためには強大な魔族が跋扈する戦乱の敵地に深く潜入する必要があるという。


 無茶だ、とジンの冷静な部分は即座に訴える。


 勇者探索の旅ですら仲間を大勢失ったのだ。旧カルセドニアの地への行程はその比ではない。自殺行為といえる。


 だが、それしか人類を救う手立てがないとすれば?


 誰かがいかなければならないのなら、最も可能性が高い者にその任が与えられるべきだ。


 それは勇者に他ならない。


 ムウ。そしてムウとふたりでひとりの勇者であるのなら、自分が行かずして誰が行くのか。


 ジンはベッドの上で寝返りを打った。


 死を覚悟する、という言葉を使うのは簡単だ。


 だが、果たして自分にその覚悟があるか。


 恐怖がないなどとはウソでも言えない。恐ろしい。考えただけで眠れなくなるほどには。


 ムウは、あの子はどうなのだろうか。


 勇者と魔王の子として生まれ、図らずも最後の騎士団に見出されたにも関わらずニセ勇者呼ばわりされてしまったムウ。


 彼女をたまごから目覚めさせてしまった責任は自分にある。それなのに勇者として認めらず、結果として彼女を傷つけてしまった。

 

 ――僕にできることは、ムウの居場所を作ってあげることくらいだ。


 ではどうやって、何をすればムウに居場所を作れるのか。


 そんなことを思っていると、部屋のドアが音を立てた。


「ジン……ねてる?」


 隣室で休んでいるはずのムウだった。寝間着を着て、癖のある銀髪がわしゃわしゃとしている。


「いや……まだだけど、どうしたの?」


「うん……」


「眠れないの?」


「うん……」


 ジンはベッドから起き上がり、ムウを部屋の中に迎え入れた。


 ふたりしてベッドサイドに腰掛けて、しばらく無言の時間が続いた。


「あのねジン……」


「なに?」


「みんなムウのこときらいなのかな……」


「嫌いだなんて、そんなことは……ないと思うよ」


「でも、ムウのことニセ勇者だって」


「偉い人たちはみんな戸惑っているだけだよ、ムウのこと、まだよく知らないから」


「そうなのかな」


 ムウは体を傾け、ジンに体重を預けてきた。


 ジンはそんなムウの肩をしっかりと抱きしめた。


「僕はムウが勇者だって信じてる……いや、ちょっと違うな」


「違う?」


「うん。僕の命はムウにもらったんだ。だから、僕は何があろうとムウを守る」


「ジン……」


 ムウはそこでようやく笑顔を見せた。


 手に手を重ね、互いの体温が伝わってくると、ムウの表情は安らいだ。


「ムウは……怖くない? 強い魔族がたくさんいるところに送り込まれるかもしれないって」


「よくわからない。でも、たぶんへーき。だって、ムウはつよいもん」


「そっか。そうだよね」


「それにね」


「うん?」


「ジンがいっしょなら、きっとだいじょうぶ」


「そっか」


「うん」


「そうだね……僕はムウと一緒にいる。うん、そうだね……」


 ジンは自らに確認するように何度もうなずいた。


 ムウに救われたこの命、ムウのために使う。


 誰にもムウをニセ勇者だなんて言わせない。


 そのためだったら、世界だって救ってみせる。


     *


 翌日。


 ジンとムウは呼び出され、再び作戦会議室に赴き、上層部の面々と対面していた。


 ライゼン総長、サクソン将軍とバージル参謀、円十字教会からはガナハン枢機卿、マイヨ伝承長とアンカレラ尼僧長、それに加えて、ヒスイの巫女姫レイロウも参席している。


「まずは昨日の審問の結果を伝える」


 ライゼン総長はそう言って、ムウのことをじっと見つめた。


 ムウはその視線に臆することなく見返した。


「……現時点では、いばらの森で発見された少女ムウについては勇者であるとの判断を下し難い。しかし魔王に連なる敵性存在であるともいえない。よって、最後の騎士団の戦力に加わることに問題はなく、以後は騎士団所属の特務班に編入されるものとする」


 ムウは目をぱちくりさせてジンの方を見た。


「つまり、最後の騎士団に参加していいってこと」


 ジンが翻訳すると、ムウはうなずき、落ち着いた。


 少なくとも追い出されたり拘束されるようなことはないようだとわかり、ジンも胸をなでおろした。


「次に、バラの心臓なるものを与えられた準騎士ジン」


「は、はい!」


「ジョウゼン教導長の推薦もあり、その能力とこれまでの働きを評価して貴官も同じく特務班に編入、これに合わせ準騎士から正騎士への昇格を認めるものとする」


「拝命します!」


 緊張の面持ちで答えた。ついに一人前の騎士として任命されたことになるが、これから待ち受けているであろう戦いを考えると喜びの気持ちはなかった。


「同時に」ライゼン総長はさらに続けた。「予言官レイロウも円十字教会預かりから特務班へ参加してもらう」


「え」


 ジンは固まった。


 レイロウは、勝ち誇ったような笑みをジンに向け、片目をつぶってみせた。


「特務班の任務についてだが……」と、そこでライゼンはアンカレラ尼僧長を見た。「貴官らの任務……いや、課せられた使命は、”神樹の実”の捜索と奪還だ」


 アンカレラからあらかじめ聞かされていなかったら、ジンはもっと大きい衝撃を受けていたことだろう。


 それでも腹の底に響くような重いものを感じざるを得なかった。


「予言官レイロウの能力により判明している場所は旧カルセドニア王国。そこに赴き、神樹の実を取り戻し、生きて戻ってくる必要がある。知っての通りカルセドニアは魔族に蹂躙され今なお激しい戦争の真っ直中にある土地だ。非常に……極めて……危険な場所だ。たどり着くことすら困難であろう。だが、貴官ら以上の適任はいない。勇者に連なる者と、その力を分け与えられた者、そして予言官……最後の騎士団として戦線を維持し、反転攻勢に備えるため多くの人員を割くわけにいかないことは理解してもらいたい」


「レイロウ姫も同行するんですか!?」


 ジンは作法も忘れて大声を出した。ムウとふたりきりで旅することを覚悟していたからだ。


 それでもムウは勇者と魔王の力を持っているしジンにはバラの心臓がある。むしろ足手まといがいては旅を続けるのは難しくなりはしないか。


「わらわにはビャクエンがおる。それに神樹の実の正確な位置はわらわにも近づいてみないとわからぬからの。当然わらわも行くぞよ?」


 レイロウは余裕のある表情で言った。まるで自分が死ぬことなどありえないと思っているかのように。


 ジンは何かを言ってやりたかったが、うまく言葉が出なかった。危険な旅路になる。それはもう、考えたくもないくらいに危険が待ち受けているはずだ。ムウだけならまだしも、わがままなお姫様を連れて果たして突破できるのか。


 しかし肝心の神樹の実がある場所を特定できるのがレイロウひとりしかいないとなると、同行しないわけにはいかない。


 ――初めから選択の余地はないってことか。


 ジンは嘆きたい気持ちを飲み込んだ。


「ほほほ、言うた通りであろ、ジンよ。そなたはわらわの護衛となる。これは避けられぬさだめなるぞ?」


「……努力します」


 と、答えるのが精一杯だった。


 ムウとレイロウのふたりを守る、それが己の仕事だ。


「カルセドニアには海路を使って近づいてもらう」


 ライゼンは会議室の中央に置かれた地上界の地図を指差した。


 アベローネ要塞は東西に長い大陸の西側に位置し、一方のカルセドニアは東側に近い。


「陸路では大陸を横断する必要があるゆえ、それはいかにしても不可能であるという判断だ」


「海路……ですか」


「まずはアベローネ要塞から西の港町レットラッシュに向かい、エスメラルダ私掠船団と合流してもらう」


「しりゃく……?」


 ムウが首を傾げた。


「最後の騎士団に所属している海上戦力……ええと、海に浮かぶ船、わかる? 船に乗せてもらうんだ」


 ジンの説明にムウはさらに困惑した。おそらくムウは海を知らないのだ。


「大陸を南回りに東進、旧ヒスイ国から上陸しその後は各勢力の間隙を縫ってカルセドニアに入る。そのようなルートだ」


 海は比較的魔族の支配の手が及んでいないので、大陸を突っ切るよりは安全とは言えるが、あくまで比較しての話だ。


 それでもかなりの距離は船旅になる。自分の足で歩かなくていいことは幸運か、それとも逃げ場のない洋上で孤立する恐れを味わうか、それはまだわからない。


「出発はいつになりますか?」


「早いに越したことはない。が、当然念入りな準備は必要だ。貴官らが整い次第で構わん」


 それを聞いて、ジンは少しだけ安心した。短い間でも時間の余裕が与えられるなら、やってみたいことがあった。


「この作戦が成功すれば……してもらわねば困るのだが……神樹から得られる知恵で勇者降臨の儀式を行える。我々の悲願である地上界の奪還はそこから始まるであろう。ジン」


「はい」


「ムウ」


「……うん」


「レイロウ姫」


「うむ」


「道は険しく、針の穴を通すが如き慎重を要する。この使命を果たし、必ず戻ってこい。いいな?」


 ジンは無言で敬礼し、ムウはしっかりとうなずき、レイロウは何を恐れる必要があるかという風に胸を張った。


 人類の命運をかけた旅が始まろうとしていた。 

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