第2話 希望 02

 ”最後の騎士団”に所属する騎士たちは、大まかにふたつの層に別れる。


 大侵寇だいしんこうが起こる前から武器を手に取り闘う軍人や傭兵だった者。


 そして大侵寇によって親族や故郷を失った難民からの志願者である。


 リデル小隊では隊長のリデルと巨漢の斧使いブリックが前者であり、二刀流の女剣士アルハリとジンが後者になる。特にジンは大侵寇後の生まれであり、物心ついたときにはすでに人間界の大敗が決していた。魔族の人類に対する迫害を日常のものとして受け入れざるを得ない世代である。


 最後の騎士団に拾われた身寄りのない子供が進む道としては、武器を取って戦闘要員になることは珍しくない。魔族によって肉親を奪われたジンもまたしかりだ。


 ただしジンが志願したのは輜重部隊であり、さらにいうと従軍コックになることを望んでいた。同じように孤児になった子どもたちに食事を作っていた経験があって、料理には確かな技術と自信を持っていたからだ。


 勇者捜索の任に抜擢されたのは、長旅の間少しでもまともな料理によって士気を維持したいというリデルの考えによるものだった。そういうカードが一枚加わることが重要なのだと熟練の騎士は身を持って知っていた。加えてジンの場合は平均より恵まれた上背があり、剣の腕も未熟ではあるが備わっていることも要因だった。いわゆる”見どころのある”若者として目に留まったのだろう。


 ともあれ、いばらの森にたどり着いたリデル一行は半日を勇者の捜索に当てたが、行く手を遮るいばらのせいで遅々として進まなかった。けもの道さえなく、いたるところに鋭いトゲが生えている空間をかき分けて進むのはそれだけで一苦労だ。


 日が傾き、リデル隊長はやむなく野営の準備を命じた。300年前の話とは言えかつての魔王が生み出した森である。夜になれば何が出てくるか知れたものではない。


     *

 

「こっちもダメか」


 ジンは地面を大蛇のようにのたくるいばらの茎をつま先で蹴り、疲れた顔でつぶやいた。


「こういうときに術士がいればなあ」


 どこをみても大小のいばらばかりである。焚き火に使えそうな枯れ枝を拾い集めるのにも一苦労だった。魔術を使える小隊員がいれば明かりや暖を取るのはもう少し楽だったにちがいないが、最後の騎士団内での術士はどの部門セクションも定数を割っている。集中的な術士養成機関であるところの魔術大学が軒並み壊滅させられた――これもまた魔族の仕業だ――ことが術士不足を招いている。


 術士だけではない。”最後の騎士団”は慢性的な人手不足に悩まされている。いまは大規模な領地奪還作戦が準備されている中で秘密裏に行われている勇者探索であり、割ける人数にも限りがあった。


「いや~参ったな」食料になりそうな動物を狩りに出かけていたブリックが、野営地に戻ってくるやいなや落胆の声を上げた。「ウサギも鳥もいやしない」


「小川のひとつも流れてないね。魚も採れない」


 同じく食料を探しに行っていたアルハリも肩をすくめた。首尾は良くなかったらしい。魚どころか木の実のひとつも持ち帰っていない。


 結局この日は残り少ない携帯食料をジンが調理した。見た目は良くないがドロドロの粥にして、無駄が出ないように最後の一滴まですくい取って腹に入れた。

 

 枯れたいばらを燃やして作った焚き火が弱々しい。


     *


 大侵寇以来、人間界をずたずたに寸断し人類を虐殺することで得られた領土を、自らのほしいままに支配する魔族たちが現れた。


 無秩序な魔族の群れが有力者のもとに集い、郎党を組み、次第に大きな勢力へ。


 現在の人間界は大きく七つの大勢力に分割され、”七大魔公”と呼ばれる強力なリーダーがそれぞれの勢力を率い、権勢拡大を狙い争っている。


 人間界はその名に反して人類ではなく魔族主導のもと行われる大戦国時代の舞台に使われている。


 人類はすでに添え物・・・に過ぎない。そういう世界になってしまった。


 だが、300年前のいばらの女王と勇者の戦いは魔族の間でも伝説的な出来事だった。人間界を壊滅手前まで追い込んだ魔王が、勇者によって滅ぼされ、結果として魔族は敗退を余儀なくされたのだから。


 勇者は魔族の天敵――どれだけ人類が魔族に虐げられる弱者として追い詰められようとも、それが人間と魔族双方の共通認識だった。


 だから最後の騎士団は、可能性にかけていばらの森に捜索隊を派遣した。


 で、あるならば――魔族もまたかすかな念波を受信して、森に部隊を送り込むことも当然の反応であった。


 闇夜に黄色い乱杭歯がにちゃりと浮かび上がり、人間のものとも野生生物のものとも違う瞳が光る。


 その眼差しは、野営するジンたちを捕らえていた。


     *


 翌朝。


「やはりこの中央に生えた特大の茎だ」


 取れる限りの情報を元にリデルは地図を地面に描いた。


「おそらく森のどの場所からでも見上げることができるはずだ。魔王の居城があったというなら、ここ以外考えられない」


「真っ先に調べるべきですな」ブリックはリデルの言うことに早速賛成し、戦斧の具合を確かめた。「しらみつぶしに捜索範囲を広げるよりはずっといい」


 アルハリとジンも異議はなかった。長旅で疲労がたまり、食料も残り少ない。帰途のことを考えれば森に長居するのは危険だということは言わずとも皆理解していた。


「では移動だ」リデルは姿勢良く立ち上がり、宣言するように言った。「何かが待っていてくれる、そう信じよう」


     *


 森の中央部へ進むに連れて、いばらは太さと長さが増していった。


 反比例するように下生えは少なくなった。密集したトゲのある茎を切り開く労力が軽くなり、細いいばらが縱橫に絡み合っていた森の外縁部に比べれば遥かに進みやすい。リデル率いる一行は足を早めた。


「虫にでもなったみたい」


 アルハリが不意に感想を呟いた。森の中枢に向かえば向かうほどそこに生えているいばらは巨神が品種改良でもしたかのような巨大さになり、それに比べれば人間の大きさなどバラについたアブラムシのようなものだ。


「そろそろ魔王の居城だった痕跡くらいは出てきてほしいものですなあ」


 ブリックが言った。胸甲ブレストプレートに覆われた背中が痒いらしく、もぞもぞと大きな体をくねらせている。


「それとも、何もかも消滅してしまったのですかな」


「でもいばらの森がまだこんなに繁殖しているんだから、きっと何か残っていると思います」でしゃばりすぎない調子でジンが言った。「ほら、見てくださいあそこ。家が建ってますよ」


 何の気なしにジンが指差した先にはコテージのようなものがあった。


「家……家だって!?」

「何でこんなものが……?」

「ちょっと待て、こんなところにいったい誰が!?」


 ジンの口調が緊張感のないものだったせいか、リデルたちは一拍間を置いて騒然となった。その様子を見て、ジン本人もやっと事の異常さに気がついた。


 いくら半分伝説となっているとはいえ、いまだに野生動物すら寄り付かない魔の領域である。そんな場所に、いったいどんな物好きが住めるというのか。


「……調べよう。何が起こるかわからん、各自最大限慎重に」


 リデルの命令にジンたちはうなずいた。


     *


 コテージの中はホコリと蜘蛛の巣だらけではあったが、確かに誰かが住んでいた形跡があった。


 台所があり、椅子とテーブルがあり、暖炉には風化した炭がある。


 食器があり、井戸水を汲む滑車があり、ぼろぼろになったベッドがあった。


 ところどころに魔術が使われていたらしく、わずかながらエーテルの残滓も検出された。


「300年前の廃屋というわけではないようですなあ」


 ブリックが無精髭の生えたあごをさすりつつ言った。大侵寇で魔族に妻子を奪われる前は円十字教会の僧であったブリックは、いかにも巨漢の戦士という外見に反して高い知識と教養を持っている。


「どう見る?」とリデル。


「おそらく20年ほど前までは誰かが住んでいたと思いますよ」


「……大侵寇が始まる前後か」


「おそらく、ですが」


「詳細の鑑定を待っている時間はないな。何か勇者や魔王につながるものはなかったか?」


「隊長、これを」とアルハリが壊れた額縁のようなものをリデルに手渡した。


「これは……」


 リデルの眉根に深い皺が刻まれる。


 色あせ、滲んでいたが、額に収まっているそれは小さな子供が紙に描いた絵としか思えないものだった。


「これ、たぶん家族の絵ですよね……」ジンが指で示したところにはふたりの人間がいて、そのあいだにもうひとり、いかにも幼児のタッチなので分かり辛いが小さな子供が立っている。「3人家族が、大侵寇が始まる前後までここで暮らしていたってことでしょうか?」


 ジンの問に答えられる者はいなかった。


 野生動物もおらず生えている植物はいばらだけという環境で人間が暮らしていたというのは信じがたい。しかし井戸水が引かれ、生活していた痕跡がある以上この場に誰もいなかったというのもまた考えにくかった。


「ここだけでは何とも判断できんな。周りをもっと調べてみよう」


 一行は困惑しつつもリデルの命令に従い、コテージを出ようとした。


 魔族はそこに現れた。

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