勇者ムウと最後の騎士団

ミノ

1章 希望

第1話 希望 01

 邪悪な侵略者に飲み込まれいくつもの国が消えた。


 侵略者すなわち魔族はやがて諸勢力に分散して人間界を支配。


 国を失い故郷を焼かれた人々は膨大な難民となり、魔族によって奴隷化され、狭い居留地に押し込まれ、戯れに殺され、あるいは食料にされた。


 人が人として生きることさえ困難な時代。


 行き場を失った旧国家の軍人と、苦難にあえぐ人々を救済せんとする円十字教会とがひとつの組織を結成した。


 魔族に対抗する手段を失った国々に代わり、戦う力を持った者、人類のために身を投げ打つ覚悟ある者を中心にした集団。 


 人間界を護り、再び人類の手に取り戻す最後の砦として闘う武装組織。


 彼らは自らを”最後の騎士団”と名乗った――。


     *

 

 厚ぼったい曇天の向こうから遠雷が響く。


 ジンは反射的に剣の柄に手をかけ、頬をこわばらせた。


 神経を張り詰め、視線をめぐらし、周りに変化がないことを確認してからようやく緊張を解いた。


 ただの雷だ。


「固くなりすぎるな」ジンの前を歩く上級騎士リデルが言った。「慎重なのはいいことだが、それでは肝心のときに動けないぞ」


 ジンは何も返せず、情けない顔で苦笑いした。背中に目でもついているかのようにお見通しだ。


 それぞれに武装した四人の男女が荒れた山道を進んでいる。


 全員が”最後の騎士団”の所属である。特別任務を受けた上級騎士リデル率いる小隊は、すでに二週間あまりの旅を続けていた。その中でジンは最年少で、いまだ準騎士という立場にあるためかどうしても肩に力が入ってしまう。


「妙な感じですね」


 取り繕うようにジンが言った。足元で枯れ枝がパキリと音を立てる。


「さっきから鳥の鳴き声ひとつしない」

 

「そろそろ例の”森”が近い」リデルは頑丈な革製の腰帯の具合を確かめ、「野生動物が住めなくなっているようだな」


 梢の間から弱々しい陽光が見えるようになると、ほどなく眼下に”森”が姿を現した。


「これが――」


 ジンは息を呑んだ。


 山の斜面から見下ろすその森は、一見してまとも・・・なものではなかった。


 通常あるべき樹木や草木は見当たらず、代わりに恐ろしいトゲの生えたいばら・・・が縦横無尽に絡み合っている。


 いばらに覆われているという意味ではない。


 異常に巨大化したいばらだけが生えているのだ。


「”いばらの森”だ」


 リデルは長く息を吐き、奇怪な森を指差した。ところどころに樹齢数百年の大木に匹敵する太く高い茎が首を伸ばし、同じように大きな薔薇のつぼみが点々と散らばって沈黙している。巨大ないばらだけで出来た、怪物的な”森”である。


「急ごう。別働隊がすでに到着しているかもしれない」


 リデルの言葉に、ジンたちは気を引き締め、森へと足を踏み入れていった。


     *


「歩きにくいったらありゃしない」


 隊員のひとり、二刀流の女剣士アルハリが足元にのたうついばらを忌々しそうに蹴り飛ばした。日に焼けた頬に走る傷跡と鋭い眼光が、彼女がただの女ではないことを物語っている。


「……魔王のすみかだったとは言え、300年たってもこれか」


 もうひとりの隊員、巨漢のブリックが有刺鉄線のごとく張り巡らされた茎を手斧で切り開きつつ言った。


 魔王のすみか──。


 いばらの森は300年前に人間界を滅ぼしかけ、勇者によって倒されたとされる魔王”いばらの女王”が居城を構えていた場所である。人も動物も生きてはいられない忌むべき土地として放棄された領域だった。


「この期に及んで言いたくはありませんが、本当にこのような場所に”勇者”が……?」


 ブリックは言いかけて、語尾を濁した。


 勇者。


 彼ら四人は、魔族を滅ぼす力を持つ伝説の存在である勇者を探すために最後の騎士団から派遣された捜索隊である。他にも別働隊がふた組いるはずだが合流ポイントに姿を現さず、連絡もつかない。いまや魔族の天下となってしまった人間界では、長距離の移動はそれだけで命がけとなる。


 勇者探索の任務が何らかの形で魔族に感づかれていたとすれば、早々に消されていたとしてもおかしくはない。


 勇者は魔族の天敵、人類が魔族に対抗しうる切り札なのだ。


「……いてもらわなければ困る」


 リデルは不健康な色に曇った空を見上げてから、重苦しい声で言った。


「この森で勇者を……せめて勇者につながる何かを見つけない限り、我々に勝機はない」


 いばらの森はいばらの女王の居城であり、同時にそこへ突入した”勇者”が消息を絶った場所でもある。


 伝説はその結末をはっきりとした形では伝えていない。勇者は森でいばらの女王と刺し違えて相果てたとも、戦いが終わったあとにどこかに消えてしまったとも言われている。


 その後も事実は明らかにならないまま時は過ぎ、森も魔王も、勇者さえも人々から忘れ去られていた。


 しかし魔族はまたも現れた。


 300年前よりもはるかに強大で容赦のない大量の軍勢として。


「最後の騎士団がどれだけ頭数を揃えたとしても、その力には限界がある」


 いばらに遮られる道なき道をかき分けて、リデルはとうに分かりきった人類の窮地について呟いた。険しい表情は、己に与えられた任務の重みをかみしめているからだろう。


「法王不在の今では新たな勇者の降臨は望めない。唯一の可能性は、かつて生み出された勇者を目覚めさせることだけだ」


 リデルの言う法王とは、円十字教会の最高指導者のことを指す。円十字の僧は魔族に対抗する法力を扱える。その頂点たる法王の力のみが勇者を降臨させることができるという。


 それゆえに大侵寇が始まったときに魔族らの最初の目標として狙われ、その直下の組織ごと消滅させられたのである。


「そこに例の念波ですね」アルハリが汗で額に貼りつく髪を払いながら言った。「……僧侶たちの言葉、真実であればいいのですが」


 リデルたちが勇者捜索の任を受けることとなった発端は、偶然受信された念波信号だった。


 ある日、最後の騎士団本拠地にあたるアベローネ要塞に設置された合成開口受念魔法陣により拾われた念波はごく弱く、当初は単なるノイズかと思われた。だが円十字教会の分析官らの分析により、”勇者”が念波通信に使う固有の波形であることが判明した。


 最後の騎士団上層部は困惑した。


 ”勇者”は魔族の天敵である。

 

 しかし最後に勇者が人間界に現れたのは300年も昔。当時の人間界を恐怖に陥れた魔王”いばらの女王”を滅ぼすために降臨した時にまで遡る。


 受信された念波は300年前の勇者のものなのか。


 それとも人間界を救うために新たな勇者が降臨したのか。

 

 真実があるとすれば、魔族に蹂躙され引き裂かれ続ける人間界を再び人間の手に取り戻すには、もはや勇者の力がなければなし得ないということだけだった。


 最後の騎士団は、それが罠である可能性を知りつつも”勇者捜索隊”を組織し、密かに派遣した。


 どれほど可能性が低くとも、そうする以外なかったのだ。


 人類に未来をもたらすには――。

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