第40話 桜散って

「俺は、生まれつき心臓が悪くて、学校には行ったり行かなかったりだった。そんな中で、恵梨香は最後まで、俺に優しくしてくれた」


今まで蓋をしてきた記憶が、一気に溢れだしてきて、私は桜色の地面に、膝をついた。


不意に、突き付けられた現実を受け止められなくて、私はただ俯きながら、涙を流した。


「本当に、感謝してるよ。だけど。だから……」


桐島君がゆっくりと近づいて来て、私の目の前に立った。彼は、小さな手のひらで、優しく私の髪を撫でる。


「もう人を好きにならないなんて、思わないで欲しい」


そう言った桐島君の声は、とても優しかった。


「恵梨香。人はさ、出会えば、必ず別れる時がやって来る。でもさ、別れの辛さばかり見ちゃ駄目だよ」


桐島君の手のひらに。


私の髪に。


二人の肩に。


静かに、桜の花びらが降り積もる。


「出会えたことが、幸せなんだよ。別れは確かに悲しいけど……。出会えた喜びを何より感じて欲しいんだ。お前がいつまでも、そんなんじゃ、俺。安心して『旅立てないよ』……」


桐島君の小さな腕が、うづくまる私の体を柔らかく抱きしめた。


「ねぇ、恵梨香。約束して?もう、人を好きにならないなんて言わないと。お願いだ、約束してくれよ」


薄らと瞳を開けると、涙に滲んだ桜色の世界が映る。


「俺も恵梨香のこと、本当に好きだったから。だから、約束して欲しいんだ。してくれるよね……?」


咲き乱れ、散りゆく桜の木の下で。


桐島君の、春のような温もりに包まれながら、私は、ただただ小さな子供のように泣き続けた。


流れ落ちる涙のように、桜の花びらが、とめどなく舞い続ける……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る