ラストクリスマス
第23話 記憶
「じゃあ、お先です」
俺は鞄を持つと、同じ課の人達に向けて軽く頭を下げ、職場を後にする。
今年のクリスマス・イヴは平日だったので、午後を半休にした。どうしても、イヴの夜に行きたい場所があったからだ。
この日だけは、仕事漬けの夜にしたくなかった。一年前のクリスマス・イヴから、そうしようと決めていた。こんなことをするのは、初めてのことだった。
職場のビルを出て大通りに出ると、近くの店からクリスマスソングが軽快に流れている。
店を硝子越しに覗くと、赤や緑の様々なクリスマスグッズが並んでいるのが見えた。
大きなプレゼントの袋をそりに乗せ、夜空を翔けるサンタクロースの描かれたタペストリー。内側から七色に光る、赤い帽子をかぶった雪ダルマの置物。
一年前までは、クリスマスにもクリスマスグッズにも、何にも興味がなかった俺。
だが、一年前のことがきっかけで、俺は変わったのだ。
地下鉄に乗ると、ラッシュ時ではない空いてる時間帯だったので、空席がほとんどで、鞄を棚の上に上げると、席に座った。ホームを離れていく電車の窓の向こうには、何も見えない闇が広がる。
それは、静かな夜を思わせた。
闇の中を走る電車に揺られながら、俺の意識は、一年前のイヴの夜に巻き戻ってゆく。
切ないクリスマス・イヴの記憶に……。
その日は、彼女の
待ち合わせ場所は、都心の駅前にある「時の広場」。
そこは、いつも色とりどりの花々が花壇を彩っていて、レトロな深緑の時計塔が目印になる、待ち合わせに最適な場所だ。二人の職場のちょうど中間地点の駅だったから、仕事帰りのデートの待ち合わせには普段からよく使っていた。
一年前のイヴの日、瑠実と時の広場で会う約束をしていた。夜9時に会う予定だった。
だが、俺の方の仕事がその日トラブル続きで、その処理に追われてしまったのだ。
壁掛けの時計を見ると、すでに8時30分。
例え、今からすぐ出たとしても間に合わない。俺は途端に諦めモードになり、特別に急ぐこともなく淡々と仕事の処理をした。
今思えば電話かラインの一本でも入れれば良かったのだが、仕事が押していたことと、正直面倒にも思えてしなかった。
9時30分になる前くらいから、何度かスマホのバイブが鳴っていたが、取ることもなく、俺はただ事務処理を片付けていた。
10時を回った辺りから、スマホのバイブは鳴らなくなり静かになった。その時、仕事で頭がいっぱいだった俺は、ひどいと思うが、どこかホッとしたのを覚えている。
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