おかしな魔法使いと見習い魔女

八坂

第1話 変な魔法使いと見習い魔女

 町外れのさらに外れ、山の中の辺鄙な場所に一軒のおかしな建物がある。


 一言で言えば円錐をひっくり返したような立ち方で、斜めに傾いているのにドアや窓は地面と水平に作られている。

 斜塔と呼ばれる建物に似ているが、それは傾きながらも立っているということ事態は不思議な事ではあるにせよ、塔が傾斜しているだけの代物だ。


 しかし、目の前にあるこの建物は傾斜しながらも、地面とは水平に入り口や窓が作られている。はじめからそういう風に作ったとしか思えない。

 これを作った者は頭がイカレているのだろうか。


 そんな傾いた建物の中から、陽気な声と怒号が聞こえてくる。


「ほーら、鼻毛の伸びる速さが異様に速くなる魔法だよー」

「ししょおお! なにしてくれてんですかああああ!」


 家の中、そう広くは無い部屋で、椅子に座ってケラケラと男が笑っている。笑いながら指差すその先には怒り心頭のオーラを纏った女性がいる。


「ほーらほら、速く解呪しないと乙女にあるまじきぶへぇっへっへぇっへっ!」

「あああっ! こんな魔法にこんなに難解な魔法式使うなんて! 殺す、シショウマジコロス!」


 顔の中央部から勢いよく伸びている毛の束を掴んだその手の上には幾重にも折り重なった魔方陣が浮かび上がっていた。


「鼻毛は一生のうちに伸びる量が決まっているのだ」

「うるさいっ!」


 一瞬真顔になって呟く男に、魔方陣を必死に読み解いていた女性は傍にあったスリッパを投げつけた。


「おっと、危ないじゃないか、メリルくん。てかほんと早く解呪しないと体の養分が鼻毛にもっていかれちゃいますよ?」

「師匠! ちょっと黙っててくださいよ!」

「ほらほらー、その立派なロンゲもたわわに実ったおっぱいもしぼんじゃうよー」

「うっさい! エロハゲセクハラ師匠! しね!」


 次の瞬間、手元の魔方陣が光を放ち、粉々に砕けるように宙に消えた。


「や、やった!」


 同時に彼女が掴んでいた毛は雲散霧消して、後にはニヤニヤ顔の男と、一瞬安堵のため息を漏らす女性の姿だけがあった。


「うむ、よくできました。じゃあ、次はまゆげが――」

「師匠」

「ん?」

「しねええええ!!」

「うおおっ!?」


 何も無いところから突如として数振りの剣が現れ、男を襲う。同時にそのうちの一振りを手に持った女性は上段に振りかぶって男に迫っていた。


「おんなのこにっ!」


 振り下ろすも間一髪で男は剣を避ける。


「なんてことを!!」


 そこから女性は剣を横に薙ぐも、男は上体をえびぞりさせてその剣をさらに避ける。


「してくれるんですかああああっ!!」


 薙いだ剣先に光が集まりそれは一瞬にして巨大な火球へと変貌する。


「あ、やば」


 男の呟き、そして閃光。


 爆音と共に、傾いているちょっとおかしな家は一瞬にして粉々に四散してしまった。


「げほげほ……メリルくん、ちょっとやりすぎじゃないかね?」

「……師匠」


 焼け跡には一切傷も火傷も服が燃えてすらいない男と、ボロボロのままの女性がぽつんと向かい合っていた。

 女性は顔をうつむけたまま口を開く。


「どうしてまだ生きてるんですかね」

「ひえ」


 一瞬で鬼の形相に戻った女性は再び剣と火球を振りかぶり、男は逃げ回る――


 しばらくして、かつて木々に囲まれた美しい土地に傾いているとはいえ、立派な家も立っていたはずのそこは焦土と化し、虫一匹も生き残っていないその場所で、二人の人間が対峙していた。


「はぁはぁ……まだ生きてるのかしぶといやつめ」

「あの、俺一応君に師匠なんだけど」

「それなら師匠らしくしろやああああ!!」


再び爆音――

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