第81話 朝ご飯

『……えっ? なん……ない……、ちょっ…………だから……!』


 急に遠くなった電話の声から、明の慌てた様子が窺える。

 きっと大声を出したことを咎められた言い訳でもしてるんだろう。


『ご、ごめんなさい。ちょっとかあさんに怒られた……』


「ははっ、そりゃしょうがない。

 で、だ。えらい大金になっちまったが、どうする?」


『うーん……。さすがに親に見つかったらやばいなあ……。まだ金貨のほうがマシだったかもしれないけど……』


「現金で持って帰ったらそうだろうな。どこか適当に銀行口座でも作ったらどうだ?

 すでに親が知らない口座があるならそれでもいいが」


『……さすがにそういう口座は持ってないなあ。作るにしても、親にバレずにできるのかな』


「そうか……。ま、急いでるわけでもないし、受け取れる対策でもできたらまた連絡してくれればいいよ。

 あ、あと穂乃果にはお前から伝えといてくれ」


『はい。……そうですね。わかりました』


「じゃあな」


『ではまた。おやすみなさい』


 電話を切った俺は少し考え込む。

 ふーむ。こっちのお金は明からの連絡待ちだな……。

 ちょっと早いが、今日はもう寝るか。

 おやすみなさい。




「あ、おはようございます」


 朝起きてリビングに顔を出すと、フィアがすでに起きてお茶を飲んでいた。

 家事のほぼできないフィアではあるが、ここでは冷蔵庫から出してコップに注ぐだけなので簡単である。

 とは言え、各種家電に興味津々なフィアである。洗濯機や掃除機、ガスコンロなどの使い方であればほぼマスターしていると言ってもいい。

 あとは使いこなしの問題かもしれない。


「おはよう、フィア。今日は早いね」


 寝るのが早かったので起きるのも早かったのだろう。

 笑顔を向けるとフィアの表情も自然と笑顔になっていく。


「はい。昨日は寝るのが早かったので……」


「はは、そうだね。

 ……ところで、朝ご飯はもう食べた?」


 俺の問いかけにフルフルと首を左右に振ると、表情を沈めて俯くフィア。


「あの……、マコトにお願いがあるんですけど……、いいですか?」


 言葉と共に再び上げたその表情には、懇願するように潤んだ瞳と、胸の前で組まれた両手があった。

 問いかけの答えになっていない言葉であったが、破壊力のあるフィアの様子にそんなことは綺麗さっぱり吹き飛んでしまう。


「どうしたんだ?」


「マコトの分も朝食を用意しようとしたんですけど……、どうにもうまくいかなくて……、その……」


 またもや顔を伏せてもじもじするフィア。

 ふとキッチンのほうに目をやると、確かに試行錯誤したような跡があった。

 ガスコンロの上にフライパンと鍋が乗せられ、まな板には綺麗に割れずに散乱した生卵が無残な姿を晒している。

 できないまま最後まで押し通す娘じゃなくてよかった。


「あう……、ご、ごごごめんなさい……!

 その、だから……、私も料理ができるように、なりたくて……」


 俺が何を見たのか気づいたのだろう。

 ただ潤んでいただけの瞳からは、今にも雫が零れ落ちそうになっており、言葉も続けば続けるほど尻すぼみになる。


「マコトにも……、食べてほしくて……」


 おうふ。フィアさんよ……、可愛いこと言ってくれるじゃないですか。

 思わず抱きしめたくなったが、椅子に座っている状態のフィアにはできなかったので、頭をなでなでするに留める。


「ありがとうな。……じゃあ今日は一緒に作ろうか。それに、時間を見つけて教えてあげるよ」


 一人暮らしが長かったので俺も料理ができないわけではない。大雑把な男料理にはなるが、一通りは教えられるんじゃなかろうか。


「はいっ! お願いします!」


 泣き笑いのような表情になってはいるが、その顔は輝いて見えた。


「じゃあとりあえず、キッチン片付けるか……」


「あ、……はい」


 が、それも俺の言葉で一気にシュンと萎える。

 とりあえずまな板の上を何とかしないとな。

 フィアと二人でキッチンに立って片付けをする。まな板を洗い、鍋は未使用だったので、使わないためにそのまま収納。フライパンは使うか。


「最初は簡単な物から作ろうか」


「はい」


 片付けが終わるまでは力なく顔を伏せがちにしていたフィアだったが、いざ朝食作りが始まると真剣な表情に変わっている。

 手始めに包丁を使わないで済むやつで行こうか。最初は……、無残な姿になってしまった生卵の割り方からかな。


「こうやってテーブルの角にぶつけてヒビを入れてから……」


 まず一個をお手本として割り、ボールに入れる。

 練習で割りすぎてももったいないだけなので、フィアの卵の残機は三つだ。

 一人でやったときに大失敗したせいか、角にぶつける勢いには力がない。


「うう……、割れません……」


「もうちょっと強くしないとな」


 基本的には要領のいいフィアである。最初は苦戦していたが徐々に慣れていき、たどたどしいもののなんとかできるようになっていく。

 目玉焼きにウインナーを炒めて、レタスをちぎってキュウリとトマトでサラダを作り食パンを焼いて、何の問題もなく朝食が完成したのであった。

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