第78話 あーん
あれから似たような調子でフィアの気に入ったものを購入しつつ、お店に並べる品を順調に購入していた。
すでに五度目の大人買いである。
食器類に小物家具、服に調理器具と娯楽用品と様々である。中にはサバイバルナイフといった刃物系も少量含まれている。
大人買いをしては人気のないところへ出てアイテムボックスに入れてを繰り返していた。
「ふう、ちょっと休憩するか」
「そうですね。私も喉が渇きました」
と言って時計を確認するともう夕方五時である。夕食には早いが休憩には遅い、そんな時間帯だった。
「でももうすぐ晩飯時だなあ。……どうしようか」
早いんだろうけど色々動き回ったので腹が減った。
隣を見るとフィアがお腹をおさえて俯き加減で頬を染めていた。
「……どうしたフィア? 大丈夫か?」
もしやお腹が痛いんだろうか。大丈夫かな。
心配して尋ねるが、フィアは首を振って否定する。
「大丈夫です……」
「そうか。……なら、何か食べたいものはあるか?」
なんとなく触れないほうがいい気がしたので話題をそらすためにも別の質問を出してみた。
が、むしろ逆効果だったのだろうか。フィアのお腹から「くぅ~」というかわいい音が聞こえてきた。と同時にフィアの顔が益々赤くなる。
「あはは! お腹すいてたのか。じゃあ飯にするか」
俺の言葉にこくりと頷くと、小さい声で「はんばーぐが食べたい」と漏らす。
「わかったよ」
いまだに俯いたままのフィアの頭をポンポンとしてやる。
「じゃあ行こうか」
手を差し出すと、こちらを上目遣い気味にちらりと窺い、おずおずと手を握り返してくれる。
そんなフィアの様子に満足した俺は、グルメ街の四階へと向かうのだった。
「ふわああぁぁぁ! いっぱいありますよ! 何にしましょう!?」
たまたまハンバーグ専門店というのがあったので入ってみたのだが、まだ早い時間帯からか人はまばらだった。
さっそく案内された席にてメニューを見つけたフィアが早速開いてみたのだが、中を見たとたんに大興奮となった。
さすが専門店というだけあって種類が豊富なのだ。全部同じハンバーグなのだが、こうまで多いバリエーションに興奮が収まらない。
異世界においてはこの『バリエーション』というものに乏しい。どのジャンルにおいてもである。
魔物の脅威に晒されている厳しい環境においては発展が難しいのだろう。余裕がないと生まれないものなのかもしれない。
「ゆっくり決めればいいよ。……俺はこれにしようかな」
「……マコト、これなんですか?」
おろしハンバーグに決めたところでフィアがチーズハンバーグを指さして聞いてきた。
チーズって向こうの世界にないのかな? ……そういえば作るのに時間がかかるんだっけか?
「ああ、チーズはミルクから作られるんだけど、とろとろにとろけてうまいぞ。俺も大好物だな」
「じゃあそれにします!」
選ぶのに時間がかかるかと思ったがすんなり決まったので、店員さんを呼んで注文する。
ほどなくしてアツアツのハンバーグが出てきた。
「いただきます!」
さすが王女だけあって食事の様子は優雅である。頬がゆるみまくっているのを気にしないのであれば。
「お、おいしい……!!」
そんな様子が気になるのか、店員もちらちらとこちらに視線を向けるのがわかるのだがどうしようもない。
ちらりと周囲に視線を向けると、隣の席の家族連れのお父さんと目が合ってしまった。
慌てて目をそらすお父さんに気が付いた娘さんらしき少女が、お父さんの耳を引っ張っている。
苦笑しながらフィアに視線を戻すと、とろけてフォークの隙間から零れ落ちるチーズと格闘しているところだった。
「ああん……、とろとろで上手に掬えないです……」
フィアをずっと眺めていたい衝動に駆られるが、俺も目の前のハンバーグを片付けることにする。
うん。ここのハンバーグうまいな。大根おろしに大葉の千切りが散らしてあって香りもいい。ハンバーグも専門店だけあって言わずもがなである。
残り半分を切ったところでふと顔を上げると、フィアがこちらのハンバーグを凝視しているのに気が付いた。
ハンバーグを切り分けてゆっくりと口へと運ぶと、フィアの視線も一緒についてくる。と、ちょうど口に入れたところで見られていることに気が付いたのか。
「あう……」
若干頬を染めて目を伏せる。
自分の知らないものに一喜一憂する様は子供みたいだ。婚約者ということを忘れさせてくれる。
だからだろうか、子供に分け与えるように切り分けたハンバーグをフォークに刺してフィアに向けていた。
それに気づいたフィアが躊躇なくかぶりつく。上機嫌に咀嚼する様子は、今度は小動物のように見えてくる。
「こっちもおいしい……!」
飲み込んで感想を一言つぶやいたところで、自分が何をやったのか自覚したらしいフィアが、今までにないほどに顔を赤くして焦りだす。
先ほどまでの優雅な食事風景が一気に緩む。どこからか「爆発しろ」や「親子かな?」といった言葉が届くがスルーするのであった。
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