第20話 物語1 -経緯2-
「……なんで誠さんまで驚いてんの?」
投下された爆弾の爆風が収まり、その後の静寂を破ったのは明の疑惑の声だった。
「……えっ?」
この時になってようやく、真っ白になっていた頭に自分が何を言われ何を言ったのか、紙に落とした墨が染みこむようにじわじわと広がっていく。
この王女様なにを言ってくれちゃってんの!? 王女って普通はこう、お淑やかで清楚なもんなんじゃないのかね!
自分の中の勝手な王女像と目の前の自分勝手な王女を比較する。
昇格試験後に急に人を呼び出したかと思うと許可なく他人の本で異世界へ飛び、帰りたくないとのたまう。果てには『面白そう』とかほざいてた気がするな。
今更だけど、しゃべるなとお願いしたところで無駄だったな。もっと他の方法を考えるべきだった。
会ってまだ一日だが、なんとなく行動原理が分かった気がする。が、分かったところで「めんどくせえ!」の一言に尽きる。
たった一日で王女様の好感度がどん底にまで落ちるとはまったくもって予想外だ。ゲームのキャラクター紹介は信用しではダメだ。
「……はあ。今度は何を言い出すのかと思ったら。こんなときに冗談を言うのはやめてください」
全身を脱力させて王女様を窘める。全力で否定すると相手の思うツボだ。ましてや「会ったばっかりで何を言ってるんだ」などと墓穴を掘るわけにもいかない。
「えええ?」
明は俺と王女様を交互に目だけをキョロキョロさせて困惑顔のままだ。
「むぅ、ちゃんと責任は取ってくださいよね?」
膨れっ面になった王女様が諦めずに念を押すように冗談で畳みかけてくる。何の責任かわからんが、少なくとも今こんなことになっているのは貴女のせいでもあるんですがね?
「はいはい。そんな可愛い表情しても無駄ですからね」
同じく冗談で返してやると王女様は顔を逸らしてしまう。そこはかとなく耳がさっきより赤いのは気のせいか。
「……これが鈍感系か」
穂乃果のセリフはちょっと聞き取れなかったがなぜかニヤニヤしている。
またこいつはロクでもない妄想をしてるんだろうか。
なんにしろ、これでうまいこと誤魔化せたんじゃなかろうか。さっさと終わらせようか。
「……まあ、お互い状況が分かったところで何もできることはなさそうだな。
明日に備えてそろそろ休もうか」
「そうだな」
俺がそう告げると明と穂乃果は立ち上がり、部屋から出ていこうとするが王女様は動かない。
明はそれに気づかないまま部屋を出ていき、穂乃果は後ろから王女様が来ないことに気づいて振り返るが、動かない王女様を見てなぜかサムズアップしてそのまま出て行った。
扉が閉まる音が部屋に響き渡ると、そっぽを向いていた王女様がこちらに顔を向けるが、その表情は不安そうに揺れている。
「……一度帰るんじゃなかったんですか?」
この世界に来た直後のやりとりの続きの発言をする王女様。
「そのつもりだったんだけどなぁ」
頬をポリポリとかきながら苦笑いを浮かべる。
今頃そんな表情をされても反応に困る。非常に庇護欲をかきたてられるというかなんというか、とにかく落ち着かない。
「この世界に来た原因はわかってるからそんなに心配するな。……ただまぁ、ここから帰れない原因はわかってないけどな」
上げてから落とすようで申し訳ないが、わからないものはしょうがない。実際帰れなかったわけだし。
もう一度試してみるのも悪くないと思い、まずは本をじっくりと読み込んでみようとアイテムボックスから取り出す。
「だけど、王女様は俺が絶対に守りますよ。何があっても傷つけさせません」
今後のストーリーの進展を思い浮かべながらそう決意する。あの二人も守ってやらないとな。
「……あ、ありがとう、ございます」
予想に反して王女様から不安な表情が完全に抜けきっている。頬を染め、笑顔が戻っているその表情に俺もとりあえず安堵する。
完全に元の世界に戻れる算段がついたわけではないが、不安が解消できたのであればよしとしよう。
「あの、……この世界に来た原因が分かってるとおっしゃいましたけれど、この世界が何なのかはマコト様はご存知なのですか?」
「ああ――」
話によると、王女様が以前他の世界に行ったことがあると言っていたが、あれは不特定多数ではなくひとつの世界限定だったようなのだ。
なので、色んな世界へ行けることを話す。複数の職業に就けることは黙っておく。
国力増強とかで騎士団員を各地異世界の職業に就けてくれとか言われたら面倒だ。
そして各異世界というのが物語の中ということも伏せておく。まさか俺のいた世界の人間が自分たちの世界を創造したという話をするわけにもいかない。
だから、この世界で今から起こることも王女様には話せない。未来を知るなんて、どう説明していいかわからない。今のところそういうスキルにも出会えていないし、モンスターズワールドの世界にも存在しない。
「だけど今回、行きたい世界を指定する方法を間違えちゃってね。本を使う場所がまずかったんだよね。
あのときは誘拐犯になるのを回避したくて焦りすぎた……」
本から一番近い場所に設置してある物語の中に入れる、ということはほぼ確認しているので、あながち俺の言葉も間違いではない。
そして自分のセリフでこの世界に来ることになった要因のひとつを思い出す。
ああぁぁ……、王女様を攫ってきてもう就寝時刻にまでなっちまったよ……。いや攫ってないけど。なんで心の中で冤罪を認めてんだ俺は。
さすがに夕食に姿を見せない王女ってなると騒ぎになってるよなぁ……。
「そうなんですね」
だいたい説明も終わったし、そろそろ俺たちも明日に備えるとしますか。
「さて、他に質問がないようなら、そろそろ俺たちも寝ますか」
「はい」
王女様は素直に立ち上がると、自分の部屋ではなくなぜか俺のベッドへと向かって行くと、躊躇なくその中に潜り込む。
「いやいやいやいや、王女様の部屋がちゃんとあるでしょ!」
「あら、全力で守ってくださるのではなかったのですか?」
「ぐっ――!」
抗議したいところではあるが、自分で宣言した手前返す言葉に詰まる。とは言え、むしろこの状況のほうがこちらとしても都合がいい。
しかしだ、こちらも健全な男子だ。もうちょっと言動は自重していただきたい。
「……わかりました。ここで警備させていただきますよ」
渋々と言った体で返事をし、王女様に背を向ける。
――なんにしろ今夜、邪教徒とやらからの襲撃があるのだから。
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