百奇
花喰八十
第壱話 呪は呪を喰らう
始まり・壱
ガタン、ゴトン。
昔から使っていると云う古びた車は大きく揺れ動き、その度に車内に詰め込まれた段ボールがガシャガシャと音をたて存在を主張する。運転をしている叔父と後部座席に座る自分以外の殆どのスペースは、段ボールと幾つかの荷物で埋められていた。窓の向こうの景色はうっすらと暗くなってきて、木々や畑に陰を落としている。生まれ育った東京と比べればあまりに何も無い景色ーーだがそれ故に新鮮に感じるのだ。車の行先には新しい生活が待っている。あの狭く息の詰まるコンクリートの中とは違う、全く新しい生活。中学を卒業してすぐの、3月31日。
両親が亡くなったのは高校受験を間近に控えた1月の頭頃だった。ある日曜日、一人机に向かっていた社を置いて、二人で週末の買い物に行きーーそして、二度と帰っては来なかった。交通事故ーー脇見運転をしていた車に衝突されたと聞いている。
葬儀は静かなものだった。空はすっかり灰色で、湿った空気の中に線香の独特な香りが混ざり合い、まるで現実ではないようだった。周りにいるのは社の知らない大人達ばかり。彼らは両親の親戚だと云うが、不幸な事に、社には個人として付き合いのある親戚が一人もいなかった。15になる親のいない子供を引き取ってくれる奇特な人間はそうそういないだろう、誰だって自分の生活が一番大切なのだから。高校へは行けないかもしれない、今から就職活動を始めたとして中卒で雇ってくれる会社はどれ程あるのだろうか……相談する相手がいない故の、どうしようもないほどの不安が押し寄せてきてじっと俯いていた社に手を差し伸べてくれたのが叔父の侑一だった。
「ーー君さえよければ私の家に来ないか?
実際、侑一の云う通り壱岐村は社が今まで見たことが無いほどに美しい村だった。点在する家の他は殆どが木々と畑で構成され、喧騒から断絶された異空間のようにも感じられる。
やがて二人を乗せた車は更に奥深く、裏口から先をびっしりと森に覆われた洋館に辿り着いた。山へと続く森のすぐ傍に配置された赤い屋根の洋館は、いつか見たアニメーションに出てきたような古びた、しかし立派な家だ。新たな家は社の少年としての冒険心を疼かせるには十分であったから、車内から運び出した荷物を全て用意された自室に運び込むと、早速とばかり探検へと繰り出したのだ。
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