第1-5話 内に秘める異形の心は如何に?!

「い、い、い、いやっほーーーう!!やっ、やややっちまったぜぇえーーいぇーい!!」


 その日、彼女はやけに気持ち悪かった。


 それはもう本当に気持ち悪く、その一挙手一投足は彼女の美貌を台無しにし、ニヤリと歪んだ口元からはクヒャヒャ、と意味のわからない笑い声が漏れ出している。


 部屋のなかを縦横無尽に転がり回るその姿は、未開の地で信仰されている謎の神や悪魔に捧げる謎の舞踊を踊っているようだと言われても文句は言えないだろう。

 というか、彼女の身体の一部が異形と化しているせいか、彼女自身が謎の神や悪魔のように見えるのは、おそらく気のせいではない。


 彼女琴種 樹がなぜこんなことになっているかと言えば、話は少し前まで遡る。




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 内に秘めた意思を隠すように、妖しい微笑みをたたえた少女は静かに幼馴染からの答えを待っている。蠱惑的なその姿は、常彦からは妙に不安げに、そして怯えるようにも見えた。そして常彦は樹がそのように見える理由に思い至る。


 あぁ、そうだ、こいつは妙にポーカーフェイスが上手いのだ。それもこっちに心配をかけさせないようにする時なんかは特に。思えば中学生の頃のもそうだった。


 いつも飄々と、人を小馬鹿にしたように振舞い、しおらしさを微塵も見せない彼女は、誰かに頼るということに慣れていない。彼女のそんな一面は、人間を辞めてしまった今でも変わってはいないらしい。

 自分以外にこの一面に気づいている奴は、樹の妙に上手いポーカーフェイスのお陰でそう多くはないだろう、幼稚園に入る前からの付き合いの自分でさえ、つい最近気づいたのだから。


「なぁ、樹。」

「ん?答えを聞かせてくれるの?」


 そんな器用なのか不器用なのか分からない幼馴染が、不安で声を震わせているのだ。ならば自分に出来ることは決まっている。

 常彦は樹に向かい一息呼吸を挟むと、先程の衝撃でまだ微妙に青い顔のまま、樹に向け言葉を紡ぐ。

(仮にも俺は樹にとって一番付き合いの長い相手だ、だったらこれくらいは言ってやらないといけないよな…)


「あ、あんまり不安そうな顔するなよ、少なくとも俺は、何があってもお前は人だって言ってやるから、な?」


 そう言うと、常彦は自分の放ったセリフに対し、勢いに任せてわりととんでもないことを言ってしまったのではないか?と、微妙に青みを帯びていた顔を赤くする。


(うわぁ、予想以上に恥ずかしい。でもここまで来たら引き下がれん、このままいったれぇ!)

 半ばヤケクソ気味に常彦は続ける。


「だっ、だから、もっと堂々としてても大丈夫だ、と思…うぞ……?」


 そう常彦が言いかけるとそこには、常彦の比でない程に顔を真っ赤に染め、ぷるぷると震えながら目を潤ませる樹が居た。


「どうしてわかった…?」

「えっ?」


 樹は鼻声で詰問する。


「わっ、私がっ、つ、つねひこに嫌われないか、こ、怖がってるって…こと…」

「ふふふ、やっぱりそうだったか…怪しいと思ってカマかけたら見事正解だったようだな。」

「なっ!ずっ、ずるいなぁ、本当、オマエはずるい奴だよ!万定くん!!」


 常彦は照れ隠しも兼ね、ニヤリと笑い、今にも泣きだしそうな樹をからかう、本当はスベったらどうしようかとヒヤヒヤしていたがうまくいったようでほっとした。樹が泣きそうになることは予想していなかったが。


「でも、まぁアレだ。さっきも言ったけど少なくとも俺はお前の味方だからな、誰かに何か言われても俺が庇ってやるし、元に戻る方法も一緒に探してやるから、その点は安心してくれて良いぞ!」


 上手いこと樹を元気付けることが出来たお陰で調子に乗り出した常彦は、持ち前のお人好しぶりを遺憾無く発揮し、ドンと胸を張って樹に決意表明をする。


 しかし…


「えっ?私、つねひこ以外にこの事をバラすつもりも無いし元に戻ろうとも思ってないよ?」

「えっ?」

「うん。」


 もういくつになるか分からないが、またも予想外が飛んできた常彦は呆気にとられる。


「えっ?嘘?」

「いや、本当本当。」

「な、なんで?」

「だってさ、私のこの体なら見た目だけなら元の形にかなり近付けられるから、バレる心配も無いし、そもそも前出来て、今出来ないことなんて正直思い付かない位だし…」

「え、えぇ…」

「なにより今の体の方が色々遊べて面白そうだしね!」


 ふざけんな、この半サイコ面白主義者め。

 

 常彦はてっきり樹が『怪物になってしまったので、これからの生活全体に対して不安を持っている』と考えていたが、実際はそうではなかったらしい。彼女は面白そうだからという理由でこの事態を歓迎していたのだ。


 思い返せば樹は昨晩からずっと、本題以外の話題の時は心底楽しそうにケラケラと笑っていた。前々から阿呆かと思っていたが、これほどとは思わなかった。


 しかしそこで常彦の頭に一つ疑問が浮かぶ、何故、彼女は自分にこの話をしたのだろうか?話をしなければ嫌われる心配も無さそうなものだが。

 気になった常彦は樹に何故かと聞いてみた。


「なぁ、なんで俺にはこの話をしたんだ?」


 常彦の質問を受けた樹は少しの間、もにょもにょと身をくねらせると、照れくさそうにこう言った。


「ん~っとね…何て言うかね…つねひこにはさ、知っておいて欲しかったんだよね。私の事は全部。後、つねひこ以外には知っててもらわなくても別に良いかなって思ったし。」


 微妙に重いセリフと共に顔を赤らめる樹。

 常彦はそんな樹の挙動に何か違和感を感じる。


「お、おう…」

「っていうか、私から話さなくてもつねひこならそのうち気づくでしょ?」

 もじもじとしている樹の頭からは蒸気でも出ていそうな様子だ。


「それも…そうかもな。」

「じゃあ、うん!今日はありがとね!何かあったらまた連絡するから!さぁ帰った帰った!」


 顔を真っ赤にした樹は上ずった声でそう言うと、いつの間にか血と脳漿(ついでによだれも)を綺麗に拭き取っていた右腕の触手を器用に使い、常彦を部屋の外へと追い出した。


「おい!いきなり放り投げるなよ!」

「うっ、うるせぇやい!」


 なし崩し的に理不尽な追い出しを食らった常彦は一言文句を言うとそのまま言われた通りに自宅に帰ろうとする。

 何か嫌な予感がするのだ。


「そ、それじゃあ、帰るからな。」

「あぁっと…最後に一つ良いかな?」

 予感を信じて足早に去ろうとしたが、引き留められる。

「なんだよ…?」


 多分、今まで考えたことも無いし、考えたくもなかった案件の話だろう、妙に乙女チックな樹がそれを物語っている。


 ……本当にそうだとしたらどうしよう。


「今日は本当にありがとね、つねひこ、多分気づいてたと思うけど、わっ私、つねひこのこと、だっ、大好きだよ。」

「……ぉぅ。」


 ………どうしよう。


 万定 常彦17才、今までそんな素振りを見せたことのなかった人外系幼馴染みに告白されたでござるの巻。


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 そして現在、常彦を追い出した後、時刻は朝の10時ごろ、彼女は自室に期待半分、後悔半分の、乙女回路をフル稼働させながら部屋中を転がり回っていた。


「やばい…勢いに任せて言っちゃったよ、どうしよっかな…」


 中学生時代の『』以来ずっとで隠し通していた気持ちをぶちまけてしまった異形の乙女は、悶々と呻く。


「私、なんで今言っちゃったのかな…この体になったから?その場の勢い?」

 

 常彦に対しての気持ちはいままでの関係が崩れることを恐れ、決して態度に表すつもりはなかったのだが、言ってしまった、告白してしまった。

 そしてその時の樹はどういうわけか『すぐにでも彼に想いを伝えねばならない』と本能的な意思を感じていた。


「なんで言わないといけない気がしたんだろう?」


 そう考えた瞬間、突然樹の頭の中にノイズが走り、ある光景がよぎる。


 身体中を蝕むナニモノカによる痛みと虚ろな意識の中、視界に写る今よりも醜く歪な自分の掌、そして私の足元に広がる大きな赤い水たまりと肉の残骸。


「何…今の……?」


 そのノイズと光景は一瞬のうちに私の脳内から消え失せた、奇妙なことに全く身に覚えはないが、あれは間違い無く自分の体験した記憶だったという確信があった。

 そう、


 如何にして私は人を辞めたのだろうか。

 この記憶は私が告白に踏み込んだことに関係があるのだろうか?




 、彼女は自身の身に起きた異常に興味を抱いた。




                      第一話 異形っ娘と幼馴染 了


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