第1話 異形っ娘と幼馴染
第1-1話 非日常は日常と地続きだったりする
「ぐおおぉお…疲れたぁ……」
その晩、彼はいつもより疲れていた。なぜかといえば残念ながらその理由は特に事件があったとかの話ではなく、ただ巡り合わせが悪かったことに尽きるだろう。
彼の名は
軽く彼の人となりに触れよう。彼は身長、体重、顔、成績、運動神経など、様々な分野で平均に近い値を示している。特に成績に関しては学内のテストではほとんどの教科でまるで狙いすましたかのように平均点をもぎ取り、高校受験の時期に偏差値を測るために受けた全国模試でも同じく平均点を獲得し偏差値は50ジャストを記録した。
それ故に友人からは『平均を征く男』や『普通(笑)』など栄誉ある二つ名を拝命することになった。二つ名をつけられた本人は納得がいかない風だったが周りが一切否定しなかったのでそのまま定着してしまった。
彼の周りに居た人物が軒並み個性的であったのも彼の平均っぷりを助長させた一因だろう。
そんな彼は夏休みの期間を利用し、アルバイトに精を出していた。普段から近所のコンビニでバイトをしている彼だったが、先週から夏休みということもあり、調子に乗ってほぼ毎日、昼間の13時から深夜帯の人が来る22時までの間、休憩を挟んで約8時間ほど働いており、貴重な青春をお給料と交換するマシーンと化していた。終いには同じ時間帯で働いている同僚から「最近、ここに来るといつも居るよねぇ〜」と半笑いでからかわれる始末である。
そして当然今日もまたアルバイトに青春を捧げていたが、なぜか今日はいつにも増してに客数がとても多かったのだ。それはもう尋常ではないレベルであり、レジを打てども客の波が引かず、なかなか他の作業に手が回らない。その結果、いつも使っている作業の時間割が全く意味をなさず、お昼と夕方のシフトはまるで混沌とした戦場のようだった。
働いている最中はなんでそんなに客が来るのかわからなかったが(後で同僚から聞いたところ、近くの駅ビルで何かしらの芸能人がイベントをやっていたそうだ)、彼は何とか客を捌ききり、仕事を終わらせた。しかしながら彼とその同僚の体には多大な疲労が残ったのは言うまでもない。
「それじゃあ…お疲れ様でーす…」
「お疲れさま〜」
深夜帯の人のゆるい挨拶を聞きながら店を後にし、自宅まで歩く、今日はあまり蒸し暑くないのが疲れた体に嬉しい。これで店を出たとたんに蒸し蒸しとしていれば蒸し暑くて眠れないなんてことになり、最悪死に至る。
「むぅ…帰ったら寝る前に軽く夜食でも食べるかな…」
などと独り言をつぶやきつつ常彦が帰り道を歩いていると不意にポケットにしまっていた彼のスマートフォンが震えた。画面を確認すると幼馴染の
『バイトが終わったらうちに来て、もしくは私がそっちに行くから部屋の窓を開けといてちょ、拒否は認めない。 樹』
と、つづられていた。
「可愛い」というよりかは「美しい」と呼べる顔立ちと、女性にしては長身(常彦と同じくらいの身長)のスラッとした体型で、長く伸ばした綺麗な黒髪を人の目が描かれた蝶の羽のような悪趣味なリボンで束ねて細いポニーテールにしている。
常彦とはもともとお互いの両親同士の仲が良く、家も隣どうしで幼少期からの知り合いだった。樹の両親が家を開けることが多いおかげで樹が万定家に入り浸っていたこともあり、非常に深い仲であるが、現状常彦は彼女に恋愛感情を持ち合わせてはいなかった。
常彦が友人に対してこの話や樹にまつわる様々な話をした際、それを聞いた友人からは「爆発しろ」や「なんで付き合ってないの?」とか「それなんてエロゲ?」などと聞かれたが、正直なところ、常彦は樹に対して色っぽい関係やそれに準ずるイベントを考えたことがないので微妙な答えを返している。樹の方はどういうわけか終始ニヤニヤしていた。
見目麗しく学校では男女から『クールビューティー』や『ミステリアスで素敵』(ついでに『残念な美人』)と評価されている彼女から深夜に会いに来て欲しいなどと言われれば同年代の男子諸君なら大喜びで彼女の家に向かうだろう。(実際のところ、樹は文句なしの美人であることは常彦も理解している)
しかし常彦は彼女との約15年にわたる付き合いの中で琴種 樹の人となりを知っているし、常彦自身は樹のことは美人の幼馴染の女の子というよりかは手のかかるきょうだいのように感じているので、正直なところ、深夜の会瀬にそこまで魅力は感じない。
そもそも常彦の経験上、彼女が常彦に連絡をするときは「漫画貸してくれ」だの「暇だからゲームしよう」だの「今日、親居ないから晩御飯にお邪魔させてもらってもいい?」など幼馴染ゆえの色気のない話題ばかりだった。
そう言った経緯から、今現在「疲れたから寝たい」というのが手のかかるきょうだいに対して遠慮のない常彦の脳内の六割を占めていた。一応ではあるが健全な痴的好奇心もほんの少し残っていたが、彼の脳内の残りの三割五分は「お腹減った」であり、更にその残りの五分の何処かに紛れている程度のものなので誤差の範囲と言って差し支えないだろう。
(因みに樹が学校で見せるミステリアスな表情は単に何も考えていないか、空腹か、の二択であり、他人に対してのクールな素振りの大体は相手の名前を覚えていないので早く会話を済ませたいだけか、お腹が減っているか、が主であることも常彦は知っている。)
「(どーせしょうもない話なんだろうな……)」
『やだ、疲れたし今日は寝る』
と、常彦は自身の食欲と睡眠欲に忠実に樹に返信した。するとそれからすぐに返信が返ってきたようで、またスマホが震えたが今度は電話だった、樹がわざわざ電話を使うのはなかなかのレアケースだ。
「はい、もしもし?」
『……つねひこ、本当にお願い…話したい…っていうか聞いてほしいことがあるの…』
少し間をおいて電話の向こうから聞こえてきた樹の声はいつになく真剣なものだった、それに違和感を覚えた常彦は少し返答が遅れる。
「…その話ってまさに今とか、それか明日以降じゃダメなのか?」
『うん、電話じゃなくてちゃんと顔を合わせて話がしたい。』
「そもそも何の話なんだ?」
『…』
樹が質問に対して茶化したりせずに沈黙するのは初めてのことだった。
今日の樹はどこか様子がおかしい。
「…嫌だって言ったら?」
『承諾するまで一晩中不眠不休で電話を鳴らし続けてやる。』
こーゆーところはいつも通りか…
「……わかったよ…待ってろ、くだらない話だったら怒るからな。」
『ごめん…ありがとう、待ってる。』
普段からは想像できない真剣な声色と、快適な睡眠を人質に取られた常彦は実にあっさりと折れた。
『あ、そうだ。』
「どうした?」
『多分驚かせちゃうと思うから少し覚悟してね?』
…ぷつん
「え?」
樹が何か不穏なことを言い残すと電話は切られた。
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