デスえもん

ちるあうと

臆病なガンマン

「いいよなぁ~、のび太にはドラえもんがいて」


 このお話の主人公、我らが良夫(良夫)はのび太さんにそっくりだ。のび太さんをガリバートンネルの中間でジャイアンさんと共に10年間軟禁したような、確かにそんな風貌をしている。

 庭への窓に鼻をこすりつけながら良夫は呻き、庭への窓に鼻をこすりつけながら良夫は呻き、脂による8の字型の白い汚れをトレーナーの袖で丹念に拭ったのち、紺のスカジャンを肩で羽織って庭へ出た。

 体育館履きをつっかけた良夫は、端正な立ち木のポーズを決めた。スカジャンがするりと落ちてちくちくする枯芝を覆った。

 ヨガはどうしてもヨガファイアを出したかった幼少時からの彼の日課(にっか)であり、出るようになった今でも健康と安全のために続けている。ヨガ番組のレギュラー出演が決まったこともあったが電車が遅延してしまって出られなかった。このことが現在の彼に影響を与えている。


 即死のポーズ(ヨガ素人がやると即死するためこう呼ばれている)をしながら背伸びするように空を見上げた彼は、月の幽霊(良夫は昼の月をこう呼んでいる、なぜだろうか?)の位置に真っ赤な穴を見つけてびっくりした。充電中だったスマホを慌ててもぎってきた。液晶がバキバキなのは五年前にアダルトショップのショップ店員達と揉めたときのままだからだ。

 店員達は良夫を殴り、良夫は店員達を殴った。店員達は良夫を蹴り、良夫は店員達を蹴った。喧嘩に飽きると、店員達(以後店員達と良夫を指す)は簡単な昼食を作って食べ、少し眠った。もし世界の終りが明日だとしても店員達は今日林檎の種子を蒔くだろう。


 スマホで空を写真に撮ろうとしたが、あまりに気味が悪すぎる。バグった牛肉にしか見えない。良夫は挫折して吐いた。普通、人は挫折しても吐かない。

 しかし、人は挫折すると吐くのだ。良夫はトイカメラを買ったことがある。日本円にして五十万円、美容院で必死にバイトをして貯めたにも関わらず、すべて税金に消えてしまった。

 

 スプーンで抉られたような肉穴が青空に開いている。球体が浮いていると気づくまで時間が少しと良夫の精神がだいぶ消費された。軽自動車で追越車線を走ったときくらい消費された。

 影を持たない球体が良夫の前へ合成映像のように降りてくる。映画の概念を知らない原始人すら「NG」を連呼するであろうシーンだが、悪夢のような現実感は彼の脳の襞に張り付いて剥がれない。剥がそうと思っても剥がさないことだ。現実感はシールではないのだから。あなたの友人が重大な罪の容疑で逮捕されたと考えてほしい。

 

 良夫は男性器を勃起させながら勃起した男性器のように固まっていた。動物の雄は死を覚悟すると子孫を残す最期のチャンスの為精液を噴射する。ガクガクと腰を痙攣(けいれん)させながら、しかしそれでも球体から目を逸らすことのない彼は、さながらガンマンだった。なぜ決闘なんて申し込んだのか、その潤んだ瞳に訊いてもガチガチと鳴る歯でしか答えてくれないような、そんな、お人好しの英雄だった。庭でひなたぼっこをしていた祖母は、狂人でも見るような目で蟻を見ていた。赤光の降り注ぐ蟻、その姿は確かに常軌を逸している。

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