出撃前。

 「搭乗員全員整列」

 第622空撃中隊、最古参下士官、ブルフェッタ特務空曹長の低くよく通る声が駐機場に響いた。

 ブルフェッタ特務空曹長には、左肘から先と左膝から先がない、^1ザバシュ帝教連邦の^2新進獣に食われたのだ。正確には、齧り取られた。どこかで、その左手と左足から、もう二人分ののブルフェッタ特務空曹長が生えているはずだと。曹長自身が言っている。空撃機の搭乗ならびに任務に耐えないが、長年の功績とその経験から、中隊の地上での勤務の多くをこなし専任下士官を勤めている。なにせ、この片足片腕の曹長、シドが生まれる前から^3発掘古代機に搭乗し^4アルソン風を遡り、遠く^5ウェルガデ山脈を越えて空撃に出撃していたと聞く。

 今回の、空撃に出撃する中隊の搭乗員の全員が八機の大型空撃機に挨拶するように正対し整列する。

 そこへ、^6ジン位の空位貴族、、ゼン位、空位貴族、ゾン位空位貴族の数名が揃い空士下士官の最前列に並ぶ。^7航空位置士のスミルラン・ゼン・ヘルムトは、いつものように、空帽を斜めにかぶっている。正確には、規則違反だが、こんな最前線基地。だれもそんなことを注意しないし、同じ機に乗る搭乗員全員かっこいいとは、誰一人思っていない。

 時刻は、払暁。朝焼けが超大型弩級空撃機の翼に反射して大変美しい。この狂った戦争さえなければ、基地の周りを一周ほどして、旨い朝飯にありつきたいものだ。

 ^8ガンビアッス基地、基地司令官ドロルタン・ジン・ラグバーン総空小将が、整理塔のデッキの上にあらわれた。シド・フェンもさらに身を固くして、気をつけをする。

 逆光でドロルタン・ジン・ラグバーン総空小将の表情まではわからない。

 この総空小将、ほとんど訓示めいたことはしない。もうブリーフィングは済んでいるのだ。

 ドロルタン・ジン・ラグバーン総空将が小さく頷く。

「総員、別れ、そして、かかれ!」

 全員、愛機に駆け足で走り込み乗り込んでいく。愛機に乗り込む前に、^9多々神に愛された動物ロバに乗った従軍^10高会兄様のありがたい高説を一説唱えそれを頂き、聖水を全長三十^11メルバルの大型空撃機の機首にだけにかけていく。

 このガンビアッス基地には、三個空撃中隊が駐留しているが、一個中隊定数九機、中隊長用観閲機用の予備機一機。いつも損害が大きく、三個中隊全機揃ったことなど一度もない。すくなくとも、シド・フェンが着任してからは。

 ザバシュ帝教連邦との戦争は、ほんの小さな土地の帰属問題から発展し、今や二年、^12バララン宗教紛争から数えると、三年目にはいりいまや国家の総合力をかけた全面戦争と化していた。

 ジンは、"噛み付くドネッタ"に乗る前。一度だけ、多々神様に一人で片膝をついて、祈った。

『風の神アラル神様、空の神ヘラル神様、天候の神モクアン神様、そして、戦の神ヴァレレルア神様、どうか、我が中隊を、いや、この"噛み付くドネッタ"を、いや、僕だけを守ってください』

「おい、ジン、なにやってるんだ、さっさと乗らねえと、置いててしまうぞ、ただでさえ、お前はちっこくて、どこに居るのかわからねえんだから」

 シドの親方帆布員であるテントス・ギャララークの^13与木よぼくのガリの実酒で焼けた嗄れ声でシドを呼ぶ。

「はい、親方」シドは大きく返事すると、"噛み付くドネッタ"に勢い良く乗り込んだ。

 "噛み付くドネッタ"の機関長のパルソン・ガイアスは、^14成石^15燃焼噴射器の暖気運転を始めていた。

 機関長は忙しい、なにせ、"噛み付くドネッタ"は四機も成石燃焼噴射器を搭載して大空を飛ぶからだ。

 超弩級大型空撃機が軽く心地よく振動しだした。いよいよだ。

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