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ちびまるフォイ

当水槽ではエサやりが不要です

時計水族館に来てみると大水槽には時間が泳いでいた。


「すごいですね、でもどうして水槽に時間があるんですか?」


「時間は自然と流れています。それを感じてもらうために時計を泳がせてるんです」


飼育員はにこりと笑って答えた。


「時間を泳がせて大変なことはないですか?」


「そうですねぇ、基本的には楽ですよ。

 しいていうなら時間には餌が必要なくらいですかね」


「えさ?」


「ええ、水槽の時間は放っておくとやせ衰えて消えてしまいます。

 定期的に時間の補充が必要なんですよ」


「そうなんですね!」


記者はメモを走らせる。

水槽をきょろきょろと見ても餌の時間はない。


「あの、水族館って餌をあげる時間かかれてませんか?」


「ええ、でもうちではいらないんですよ」


「……?」


餌が必要なのに、エサをあげないとはどういうことだろう。

記者はつい持ち前の取材根性が刺激された。


ただ、ここでグイグイ攻めてしまうと相手は身を固くすることを

これまでの仕事の中で知っている。


「わかりました、では、今日の取材は以上です」


「ありがとうございました。せっかくいらしたんで、当水族館を見て行ってください」


「そうします」


記者はわざと間違ったふりをして関係者以外立ち入り禁止の方へ歩き出した。


「あ! ちょっと待ってください! そっちは立ち入り禁止ですよ!」


「ああ、すみません。間違ってしまいました」


記者はきびすを返して戻った。

その夜、記者はひとりで水族館へと戻って来た。


「ふふふ、よしよし、時間は取れるかな」


記者は時間が泳いでいる大水槽の上へとのぼった。

水面越しには時間がすいすい泳いでいるのが見える。


「よっ! えい! とりゃ!!」


持ってきた魚釣り用の網を水槽に突っ込んで時間を取ろうとする。

しかし、時間はひょいとかわしてしまう。


「くそっ! 思ったより素早いな。でも、時間が手に入れば……!」


時間が手に入ればなんでもできる。

今のこの健康な体で過ごせる時間が延びることがどれだけ貴重なことか。


何度か試してみたがやっぱり取れない。


「はぁっ……はぁっ……なんだよ、ぜんぜん取れない。

 というか水槽がムダにでかいから逃げられやすいんだよ、くそ!」


額の汗が水槽へと落ちたところで、水槽をいったん離れた。

水槽には時間がすいすい泳いでいる。

なんだか見たことない時間も増えている。


「しょうがない。奥の手を使うしかないか。

 できればこの水族館のものは使いたくなかったんだがな」


わざと足を踏み入れた関係者以外立ち入り禁止の場所へと向かう。

あのとき、飼育員用の投網器具があったのを見逃さなかった。


「時間の飼育するんだから捕まえる道具がどこかにあるはずだ。

 それがきっとこれなんだろう! これで時間ゲットだ!」


器具を持ってふたたび水槽へと昇っていく。

電気で稼働するっぽい投網装置。これで一網打尽だ。


「よし、発射だ!!」


水槽の時間めがけて網を発射した。



――ぽふっ。



空気が出た。それだけだった。


「え、ふ、不発……?」


目を点にしていると飼育員がやってきた。

警察に突き出されると冷汗が流れる。


けれど、飼育員はいつもの笑顔を見せた。


「ああ、どうもありがとうございます」


「え……? ありがとうって……」



「あなたのような人が定期的に来るように仕向けてるんですよ。

 いつも餌の時間をありがとうございます」


飼育員が指さした水槽には見たことない時間が泳いでいる。


「ムダな時間を使ってくれてありがとうございました」


俺が使ったムダな時間は他の時間に吸収されて消えた。

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