電脳(サイバー)エルフは感度がいい

《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ

第1話サイバーエルフ・フィッシング

「タケル様、お願いします」


そう言うと俺の目の前にいる少女は懇願する様に両手を重ねる。彼女の金糸の長髪がキラキラと輝き左右に揺れた。その佇まいを拙い言葉で例えるならば、まさしく聖女のごとき神々しさだと断言できる。


俺はしばらくその様子にぱちぱちと目を瞬せ呆然としていた。


日本人からかけ離れた容姿に魅いられたこともある。彼女の耳が人のそれ・・よりもずっと尖っていることもまた衝撃ではある。俺みたいな凡人に彼女が頭を下げる、この奇跡のような状況そのものが驚天動地だということもある。


だがそれ以上に俺が気にしていたのは━━。


「この世界を救うため、そして私達の世界のために、どうかあなたの力を貸していただけませんか?」


━━彼女が俺のスマホの画面の中から話しかけてきていることだった。



現実に刺激が欲しいな……と、思うことがたまにある。


別に現実逃避しているわけではない。ただいつもいつも同じことを繰り返すだけのルーチン作業と化した毎日に、ほんの少しの非日常を求めたくなるのだ。


それこそ巷で流行っている異世界ファンタジーのように。




ブルルルル。ブルルルル。


「う、んー……」


俺━━橋谷 たけるは微睡んだ意識のまま傍に置いたスマホのアラームを切る。そしてそのまま二度寝に入ろうと布団で顔を覆う様に手繰り寄せた。


『ご主人!朝ですよー!二度寝せずに起きてください』


再び深淵へと落ちかけた意識に、可愛らしい声が木霊する。それだけで俺の意識は落陽しかけた太陽が一瞬のうちに戻ってきたかのごとく覚醒した。


「いやっふうううううい!!」


俺はベッドから跳び跳ねると着地と同時に決めポーズをとる。その後すぐにぱちぱちと拍手の音が小気味良く鳴り響く。


『ご主人!すごく元気ですね!』


「ああ、ありがとうアイリス。君の声はカンダタに与えられた『蜘蛛の糸』のように俺を暗闇から掬い上げてくれる心地良いものだね」


『ご主人が何言ってるのか良く分かんないですが、嬉しいです……♪』


スマホの画面を覗くと、少女は顔をほんのりと紅く染めて、両手を頬に当てていた。やばい、可愛すぎる……!ふおおおおっ!


俺はベッドで寝返りを打ちまくり悶絶する。それと同時に心の中で安堵した。


その理由は他でもない、彼女との日々が今日も過ごせるという幸福によるものだった。



一週間前、俺はスマホゲーム『モンスター娘GO』、通称『モンムスGO』をプレイし、GPS機能による探索を近所で行っていた。画面にモン娘が映ったら、輪っか状の網を投げて捕縛し、手繰り寄せる。無事に捕まえられたらゲット、失敗したら何処かへと消えてしまう。手に入れたモン娘は育成したりプレゼントをあげたりすると好感度があがり選択の幅が増える。それゆえに意外と飽きがこない。世間からはパクリだ!と言われて人気はそれほどないが、キャラが可愛いので俺は気に入っている。


そんな中、適当にぶらぶら歩いていた俺は、ふと通り過ぎようとした公園に視線を向けた。


そこには一人の少女がベンチに腰掛けて眠っていた。幼さの残る端正な顔立ち、バランスのとれた整った容姿に、白と若草色を基調とした服装。そしてなにより目を惹いたのは、風で揺れる金の御髪から時折覗く彼女の尖った耳だった。


うっひょおおおおエルフきたこれえええ!!


両膝を着いて両手を振り上げ天を仰ぐ俺を見て自転車で通りかかったおばさんが奇異の目を向けてきたが無視した。それが気にならなくなるほどに俺は高揚していた。念のためスマホの画面から目を離し直視してみると、そこには誰もいなかった。


……ひぃ、ひぃ、ふぅ、動悸が収まらない。落ち着け俺。まだ捕獲すらしてないじゃないか。喜ぶのは捕まえて部屋に戻って誰にも見られていないところでベッドにダイブしてからでいいのだから。


俺は呼吸を整え、彼女の捕獲に挑んだ。そのときはかつてないほどに神経を研ぎ澄ましていた。


結果的に言えば、エルフとの勝負は俺の勝ちだった。「やめてください!なんでこんなことを!?」と、縄に縛られながらも本物の人間のように・・・・・・・・・必死に抗議する彼女に罪悪感が湧かなかったわけではないが、それでも俺はゲームだからと割りきり悪代官のごとく「よいではないか、よいではないか」と縄を引き、彼女を捕獲した。


彼女に疑問を抱いたのはそのすぐ直後だ。画面の中でしばし俯いていた彼女はたった一つの質問をしてきた。


「あなたは誰ですか?」と。


「橋谷武17歳独り身です彼女いたことなんかあーりません!」


昂っていた俺はついゲームのプレイヤー名ではなく、本名を伝えたのだ。ゲームの存在である彼女にとって、本来それは意味の無い行為になるはずだった。にもかかわらず、少女は何の問題もないように頷き、俺に懇願してきたのだ。



「私は異世界からやってきました。タケル様、お願いします。この世界を救うため、そして私達の世界のために、どうかあなたの力を貸していただけませんか?」


「話を聞こう」


キメ顔で締めたこの出来事が、後に俺の日常を非日常へと変える、平凡な俺と電脳エルフであるアイシスとの邂逅だったのです。

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