ダメ男、アメリカに行く(前編)
江川崎 たろ
第1話 プロローグ
2012年 5月 12日
気温は決して低くはないのだが、風が気持ち良く、全くと言っていい程“蒸し暑さ”を感じない。
生まれて初めて降り立った海外の地に心を震わせながら、平良一徳(たいら いっと)は、新鮮さに溢れる空気を全身で味わった。
目の前に広がった光景は、メージしていた通りの、あの憧れたロサンゼルスだ。
濃い青の大きな空にはヤシの木がよく似合う。
そして、平良は行き交う外国人のあまりの多さに目を奪われた。
「いや違う、外国人は俺だ」そんな突っ込みを自分に入れてはみるが、決してまだ愉快な気持ちにはなれない。
同じ世界、同じ地球にいるはずなのに、まるで異世界にでも辿り着いてしまったかの様な不安感に襲われているのだ。
英語が喋れないという現実。これは、自分の意思を伝える事が出来ない事を意味している。丸裸で道端に置き去りにされた赤ん坊になった気分だ。
しかし、このままいつまでも空港に居たって何も始まらない。まずはホテルを目指さなければ。
宿泊先の住所がプリントされた用紙とガイドブックを片手に、恐る恐る空港の関係者と思わしき一人の女性に話しかけてみる事にした。
清掃員風の衣装に身を纏った、少し太目の黒人女性にターゲットを絞る。歳は40歳くらいだろうか。
そんな彼女のにこやかで優しそうな雰囲気のお陰で、平良はあまり緊張せずに話しかける事が出来た。
「え、エクスキューズミー!」
「プリーズ、て、テルミーザ ディレクション、とぅーヒアー」
ガイドブックに書いてある通りにカタカナを読み上げると、彼女は「OK」と言った。きっと言葉が通じたから「OK」と言ってくれたはずだ。
平良は、この調子で、この先も何とかなるだろうと希望を抱き、そして確かな手応えを感じていた。
しかし次の瞬間、奈落の底へと一気に突き落とされるのだ。
「○×#.@△●&%××%■○☆~♪」
なんと、女性が何と言っているのか全く解らないではないか。「お、おー!そーりー!も、もうちょい、もうちょいスローで、プリーズ」平良は必死な顔をしてそう言った。
「○×#.@△●&%××%■○☆~♪」
「お、オーケー!センキューセンキュー」
平良はお礼を伝えると「バーイ」と手を高く挙げた。変なプライドから、動揺を悟られまいと、格好つけながら女性の元を離れる事を選んだのだ。
駄目だ、何を言っているか全くわからない。
平良は焦った。何とかなるだろうと思っていた自分の甘さに気付かされ、悔しさと恥ずかしさが急激に込み上げてくる。
それだけならまだ良かった。あまりの焦りからか上手に呼吸も出来ない。呼吸の仕方を忘れてしまっている。
パニックだ。
平良は、もしかすると残りの6日間、ここから一歩も動けずに終わるのではないかという不安と、そして絶望を感じていた。
過酷な挑戦に挑み、今自分はここにいる。多くの協力があったから、今自分はここにいる。こんな所で挫けている場合ではないのだ。
自分を奮い立たせる意味も込めて、平良は甲高い声で叫んだ。
「お、俺は、俺はロサンゼルスに来たんだー!!!!!」
平良の旅はまだ始まったばかりだなのである。
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