第26話 真実

 俺は目の前の由美ゆみの姿をした何者かに質問する。


「祐二何言ってんの? やだなあ、私は私だよぉ、小原由美!」


「違う……俺の知ってる由美は──」


 こんな状況で平気で居られる子じゃない。

 そう言いたかった。

 しかし、言えなかった。


「もう、いい加減怒るよ? 人を誰呼ばわりしてー!」


「ご、ごめん……」


 つい謝ってしまう。

 しかし、この違和感だけは拭えなかった。


「まあ、祐二は混乱してるだろうと思ったから、別に気にしてないよ」


「由美、何か知ってるのか?」


「知ってるっていうか、知ってた……って言った方が正しいかな」


 少し寂しげな顔を見せた由美は、言葉を続けた。


「祐二、今日私以外の誰かに会ったりした?」


「いや……誰にも」


「そ……」


「何で由美は、それで冷静で居られるんだ? これは普通じゃないだろ?」


「そうだねぇ、祐二の言葉を借りるなら、"非現実的"ってやつ? 確かに普通じゃないよね」


「何か、知ってるのか……?」


 俺は早く答えが知りたくて、せがむように由美に聞いた。


「まあ待って、ちゃんと説明するから、そうだなあ、先ず先に私の事から話さないとね」


 そう言った由美は、真剣な目で俺を見つめてきた。

 俺はその目に気圧され言葉を失う。


「私は、この時代の小原由美だけど、もう一人、いや二人かな? 私の中にね、"居る"んだ」


 この時代って……? それにもう二人? 何を言ってるんだ?


「上手く説明するのって苦手だからちゃちゃっと説明しちゃうと、私の中には祐二の居た時代の、社会人である小原由美が居るの」


「何を……言って……」


 突然の事に言葉が詰まる。

 つまり、由美は俺と同じように過去に来ているってことか? いや、だとしたら中に居るなんて言葉は変だ。


「もう一人はね……って一人って表現で合ってるのかな……一柱? まあいいや、もう一人は、いわゆる神様ってやつかな」


 由美が何を言ってるのか分からない。

 俺は、ただその目の前の女の子の話を聞くことしかできなかった。


「神様って何だか仰々しいよね、ここは便宜的に"ミハシラ"ちゃんって呼ぶ事にしようか」


「ミハシラ……御柱みはしら?」


「そ、御柱ちゃん。その方が可愛いし話やすいから。それでここからが本題なんだけど、祐二は何でこの学園が御柱学園って名前なのかは知ってる?」


「知らない」


「だよね、一応ちゃんとした理由はあるんだよ。ただ、今の祐二では答えに辿り着けないようになってるだけ」


「どういう事だ?」


「ちょっと長くなるけど、ちゃんと聞いてね?」


 部屋の空気が変わった気がした。冷たく澄んだ感覚が漂ってくる。

 由美は表情は普段のまま、いつもの調子で話を続けた。


「大昔ね、何代にも渡って行われた凶行によって、ここの土地は大勢の死者で溢れる土地になったの」


 俺は静かに耳を傾ける。


「ここは昔閉鎖的な農村だって話を前にしたよね? それは正解。とても貧しい農村だった。でもね、ある年から不作が続いて、作物はすぐ枯れ、流行病が蔓延し、大勢の人が死んだ……それでも他の土地へ行けなかった彼らは、供物を捧げることでその苦しみから逃れようとしたの」


「供物……それって──」


「生け贄」


 無感情に発せられる言葉に悪寒が走る。


「供物を捧げた年、土地は潤い流行病もぴたりと止んで、それ以来この土地では厄を払う為に供物を捧げる習慣ができてしまった」


「生け贄となった人も自ら進んで身を捧げた訳では無いから、その積み重なった人の念……と言えばいいのかな、それも怨念。そういったモノがこの土地に累積していったの」


 俺は何も言えずにいた。


「時代は移り変わり、生け贄を必要としなくても人々が生きていける時代になった頃、それも農村が出来る前から立っていた一本の大木をご神木として祀る風習が生まれたんだ」


「ご神木として祀られた木にはやがて神と呼ばれる存在が宿った。あ、それが御柱ちゃんね。でも、風習も廃れていくもので、時代が変わると土地の拡大の為といって、何も知らぬ人間が愚かにもそのご神木を切り倒してしまったの」


 なんて罰当たりな事を……

 由美は話を続ける。


「そうするとね、今までご神木が押さえつけていた怨念がこの地に再び溢れ出して、再び原因不明の病が流行ることになった」


「……」


「自らの過ちに気付いた人々は、倒したご神木を地中に埋めそこにほこらを建てることで厄を払うことにした。結果的に上手くいったの。病の流行は止まった。その祠というのは。祐二も知ってるはずよね?」


「あの学園の祠……か?」


「正解。そして更に時代は変わり、ここに学園が建てられたの。設立者はこの土地の歴史に因んで、学園名を御柱学園と名付けた。でもあの祠はね、この学園だけじゃない、このあたりの土地全体を支える柱としての意味が込められてるの」


「それが御柱学園の由来……か」


 でも、そうなるとおかしい。順序が逆だ。


「でもそれじゃあ……祠はこの学園が建つ前にあったということに──」


「"この世界"は祐二が思っているような世界じゃないよ」


「え……」


 急に疑問としていた事への確信を突かれ、言葉に詰まる。


「祐二はここが過去の世界だと思ってたでしょ? でもおかしいと思わない? この学園には祠なんて無かった。祠は学園が建てられる前に既にあったハズなのにね?」


「じゃあ、なぜなんだ、現実じゃ……いや、過去じゃないとしたらここは──」


「ここは祐二の夢の世界。正確には無意識下に"祐二以外の何者かが作り上げた"祐二の夢の世界……といえばいいのかな」


 言ってる意味が理解できなかった。


「祐二は今、その夢に捕われている」


「俺が?」


「そう、祐二がこの世界にやってきたのは多分偶然なんだと思う、祐二の中に眠る"何者かの念"とこの土地を守る御柱が共鳴を起こした結果……だと思う。たぶん?」


「多分って……じゃあ、仮にこの世界が俺の夢だとしたら、何故祠だけが無いんだ?」


「多分、あっちゃマズかったからじゃないかな? 意図的に消されたんだと思う」


「それは何故?」


「ご神木や祠はね、そこにあるだけで意味を持つんだよ。それが正しく機能してしまえば、きっとこの世界はバランスを保てなくなる。この世界を作った"何者か"の念すら押さえ込んでしまうから……だからきっと無くしてしまったんだよ」


 意図的に消した……この世界を守る為に? でも何故?


「もう、祐二は気付いてるんじゃないかな、その"何者か"について」


「……しおん……か」


「聞くまでもなかったかな、そう、この世界は綾崎あやさきしおんの世界。彼女の未練という名の想いが祐二の中に宿り、作り上げた世界……」


「しおんの世界……でも何で俺の中に」


「しおんちゃんはあの事故で目覚める事は無かった──」


「っ!」


 俺は蘇った過去の記憶を振り返ってしまう。


「彼女はね、祐二との幸せな時間をとても大事にしていたの、それは祐二もよく知ってるよね?」


 一瞬表情が暗くなる由美、しかし声のトーンはそのままに話を続ける。


「だけどもう祐二と一緒に歩んでいけない未来に絶望した彼女は、過去にすがるしかなかった。そんな彼女の未練という名の強い念が、祐二に入り込んだ」


「入り込んだって……どうやって」


「祐二の心には穴が空いている。それも大きな穴。そこに彼女の念が入り込んだんだろうね、きっと」


 そうだ、俺はあの時確かに心に穴が空いたような気持ちで居た。


「祐二がしおんちゃんと一緒に居たいと想う気持ちと同じかそれ以上に、しおんちゃんも祐二の事を想っていた。ある意味奇跡なんだと思う」


「しおんが、俺の中に……?」


「祐二の学園時代の思い出を全て包み込むようにして、祐二の記憶ごと自分の殻に閉じ込めてしまったんだろうね」


 俺の記憶が戻らなかった理由、それはしおんが隠していたから?


「でも結果的に祐二の記憶は戻った。何故だと思う?」


「分からない……」


「じゃあ正解言うね、しおんちゃんも自分の正体に気付いたからだよ」


「なん……だって……」


「あの夜、私があの空き地に居たのは、自分の正体を確かめる為だった。御柱ちゃんの力に頼ってみることにしたからなんだ」


「由美はあの時、何も無いって言ってたよな、それはどういう意味なんだ?」


「言葉通りだよ、私は小原由美だけど、本当の小原由美じゃない、祐二の記憶の中に居た小原由美を元に作られたこの世界の偽物……」


 寂しげな表情で、口元だけは笑みを絶やさずそう語る由美は、何だか震えているような気がした。


「だからね、私の正体なんて、何にもなかったの、空っぽ。過去も未来も無い」


「そんな……」


「あるのは、祐二が倒れたあの日、駆けつけた本物の小原由美の祐二を想う気持ちが念となって御柱ちゃんと混ざり祐二に入り込んで、それが私に宿ったってだけ。だから私は過去に何が起きたか、そしてこれから何が起きるかも知ってるの」


「これから何が起きるか……」


「祐二は、この世界を何回経験してると思う?」


 やっと整理できてきた頭に、更に追い打ちを掛けてくる由美の言葉に俺は返す言葉が無かった。


「祐二、今まで自分の過去を見たと思った事ない? しおんちゃんとの思い出や、学園生活の場面を」


「何度かあった……」


「祐二は忘れてただけで、実は何度もこの世界を繰り返してるんだよ。記憶の断片のように見たその光景は、その何回目かの祐二の記憶」


「俺は……何度もこの世界を?」


「うん、繰り返す度、祐二はその記憶をなくしてしまうけどね。あ、でもあの夜見た記憶は全部本物の世界の記憶だよ?」


 俺は由美に記憶が戻った事を伝えていない。

 そもそも伝える状況じゃなかったのだが、あの夜記憶が戻ったことを彼女は知ってる。

 由美は一体俺のことをどこまで知ってるんだろう……


「祐二、外見てみて」


 突然言われ、戸惑う。


「外? 何で?」


「いいから」


 俺は由美に催促され、部室のドアを開く。


「何だ……これは」


 世界は色を失ったかのように、灰色の風景が俺の眼前に広がっていた。


「由美、これは──」


「しおんちゃん、もうこの世界を壊すつもりだね」


「壊すって──」


「また作り直すんだよ、綺麗さっぱり忘れて、またあの時、祐二と出会ったあの日を作ろうとしてる。これはその前兆」


「しおんが……」


 俺はただ呆然と外を眺めていた。


「これで私の話は終わり。また、祐二とはさよならかな……」


 悲しそうな声が後ろから聞こえてきた。

 振り返ると、彼女は先ほどと同じで寂しそうに微笑んでいる。


「由美……」


「でも、祐二にはもう一つ選択肢が残されてる」


「え?」


 由美の言葉に思わず聞き返す。


「しおんちゃんを止められるのは祐二だけなの、"今までの祐二"ならきっと辿り着けなかった。でも"今の祐二"なら、きっとこの繰り返しを止められる」


「それは……」


「祐二は、どうしたい?」


 答えは俺に託された。


「俺は……」


「ねえ、言って、祐二」


「俺は、この繰り返しを止めさせる」


「うん……それでこそ祐二だよ」


 今にも泣き出しそうな顔をしながら笑顔で応える由美を見て俺はハッとする。

 そうか、この世界が終わればこの世界の由美は──

 気がつけば、俺は由美の元へ駆け寄り抱きしめていた。


「ちょ、ちょっと祐二?」


「ごめん……由美、俺由美に酷い事言った。謝らせて」


「祐二が、謝る事ないよ……でも、これで本当にさよならだね」


「君は、やっぱり俺のよく知る幼なじみの小原由美だよ」


「……っ!」


 由美の肩が一瞬震える。


「私は、祐二が好き」


「知ってた」


 俺は由美を抱きしめながらそっと呟いた。


「俺は、しおんが好きだ」


「うん、知ってる」


「色々辛い想いさせてごめんな」


「いいって、もう謝らないで」


 由美はそう言って俺をゆっくりと引き離すと、今度は笑顔で言った。


「言いたい事言えてスッキリした! ありがとね、祐二!」


「由美……」


「そんな顔しない! さあ、行って祐二、しおんちゃんは本来居るべき場所に居る筈だよ、場所は分かってるよね?」


 本来居るべき場所。彼女の眠る場所。

 思い当たる場所は一つしかなかった。


「あ、ああ……でも……」


「いけ! 英田祐二! 私にしてくれたみたいに、今度はしおんちゃんを助けてあげて!」


「……ああ!」


 今度は必死そうに、そう叫ぶ。

 俺はその言葉に後押しされるように、部室から飛び出した。



-----------------------------------



「行っちゃった……」


 大好きな幼なじみの背中を見送り、一人部室に残った私は窓辺の席に腰掛ける。


「これでよかったんだよね……?」


 遠くの街が粉々に砕け、天に舞う光景が遠目でかすかに見えてきた。

 もう世界の崩壊は始まっているようだった。


「祐二……」


 ポツリと呟く。

 しかし、それを聞いてもらいたい人はこの部屋のどこにも居なかった。


「祐二……祐二、祐二……!」


 ダメだ、必死に堪えていた涙が溢れ、視界が歪む。

 肩は震え、もう自分でもどうすることもできない。

 何で私を選んでくれなかったの?

 こんなにも大好きなのに!

 一度爆発した感情は止まることなく私の頭を侵食していく。


「祐二の……ばかぁ……!」


 嗚咽をもらし、誰もいない部室で一人、私は泣き崩れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る