第21話 記憶
「
「それはこっちの台詞だ、なんで
「ちょっと散歩したくて……」
散歩というには学園は遠いし、わざわざこんな所にまで来なくてもいいだろう。
「それで……二人は学園デート中かな?」
由美には俺としおんが付き合ってる事は既に知らせてあった。
しかしその時の反応は薄く「まあクラス中の噂だからねえ、そりゃ知ってるよ」と言うだけで、特に何も追求してこなかったのを覚えてる。
「部活の一環でね、別の事を調査してたんだ」
「調査? 何の?」
「学園に現れる謎の人物について──」
俺は由美に、山田さんから聞いたあの話を聞かせた。
話をするうちに由美の表情は困ったような笑い顔に変化していった。
「やっぱ見られてたか……」
由美は俺から視線を逸らし、頬を指でカリカリと掻く。
「理由、聞かせてもらえるかな?」
「うーん、秘密! じゃ、駄目?」
「言えない事なのか?」
困った顔をする由美、これ以上聞いちゃマズい事なのだろうか。
「言えない訳じゃないけど、タイミングが悪いというか……」
そう言った由美の表情はいつも通り平然としたもので、この場の空気に似合わない違和感を感じた。
「由美さん……」
「あぁ、しおんちゃんまでそんな目で見ないでよぉ! 私が悪い事してるみたいじゃない」
「す、すみません、つい……」
一歩下がるしおん。
「と、とにかく私はお散歩終わり! もう帰るから! それじゃ二人ともまた──」
そう言いかけた時、目の前に明らかな変化が現れた。
「由美……それ、なんだ……?」
由美の体が淡く──
「光ってる……?」
そう、しおんが呟く。
由美の体は淡く紫の光に包まれるように見えた。
俺としおんがそう感じたんだ、これは目の錯覚じゃない。
「え? あ、まって! 今はダメ──」
由美がそう言うのも束の間、光は強さを増し、はっきりと視認できるまでになっていた。
「な、なんだ……ッ!」
その瞬間、激しい頭痛に襲われる。
「うぅ……!」
隣にいるしおんからもうめき声が聞こえてきた。
あの日、この場所で感じた感覚によく似ている頭の痛みに頭を抱える。
何かが頭の中に入っていく感覚に身悶えする。
その瞬間、様々な光景が濁流のように流れ込んできた。
目の前が真っ白になり、そこで俺は──
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まだ入学して一ヶ月程、やっとクラスメイトの顔と名前を覚えた頃の出来事だった。
次の授業は別室の為、移動しようと廊下を歩いていた時の事。
たまたま通りかかった教室の中でなにやら騒がしい雰囲気だったのが気になってつい覗いて見た。
一人の女の子が他の女子生徒数人に囲まれ、何か言われているようだった。
俺はしばらくその光景を眺めていた。
雰囲気から察するに、いじめというやつだろう、囲まれてる女の子は髪はセミロングで、顔立ちは良く、大人しめな印象を受ける。
囲んでる三人の女子生徒の中でも、一番偉そうにしてる生徒が何か言ってるようだ。
耳を澄ませてみると、「気にくわない」「切れ」等、命令口調が聞こえてきた。
きっとあの子は可愛く目立ってるから、それを気にくわないと思った奴らが彼女に絡んでいるのだろう。
はじめはその女の子も何のことか分からず首を傾げていたが、事の重大さ気付いたのだろう、次第に表情は弱々しく、ついには俯き泣き出しそうになっていた。
俺は、何故かそれを放っておくことができなくて、そのクラスに飛び入ってしまう。
「おい、数人で一人虐めて恥ずかしくないのかよ!」
大声で、周りの人にも、廊下にまで響くようわざとそう言った。
その場でいじめていた三人の立場が無くなるように追い詰め、その三人が泣き出すくらいにこてんぱんに言ってやった。
そうしていじめの首謀者含め、三人が教室を走り去った後に俺は今にも泣き出しそうな彼女に話しかける。
「大丈夫? 何かあった?」
髪をもっと切れと言われました……鬱陶しいって……嫌ならここで切ってやるって……」
涙を浮かべる彼女の頭に手をぽんっと置くと、俺の方を不思議そうに見つめる。
しまったな、幼なじみによくやってたからつい癖で手を置いてしまった。
少し反省はしたが、嫌がる素振りが無いので安心すると、彼女を元気付ける為にこう言った。
「君は髪、もっと伸ばした方が可愛いと思うよ、俺はそっちの方が好きだ」
「え……?」
「あ、予鈴! ごめん、じゃあね!」
そうして時は流れ、高等部二年にあがる頃、俺は綾崎しおんという生徒の噂を耳にする。
何でもすごい美人で、学園内ではアイドル扱いされているとか。
最初はその話をただの興味で聞いていた。不思議部という部活をやってるらしいということを聞いた。
あの時は興味本位だった、少し覗いてみようかなと俺は部室のドアを叩く。
二度目の出会いだった。
しかし、当時彼女には名前も教えてなかったし、ほんの数分の出来事だったのもあって、俺のことは覚えていないようだった。
俺は彼女に言う。
「やっぱり髪、長い方が可愛いね」
それから俺は不思議部に入部することになる。
趣味の違いはあれど、会話は自然と弾み、すぐに彼女と仲良くなった。
間もなく俺たちの関係は友人から恋人へと変わっていく。
幸せだった。何もかもが新鮮で、思い出は美しく彩られて見えた。
しかし、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。
学園主催の合宿キャンプ、二日目の夜。彼女は行方不明となる。
発見されたのは補修工事予定だった綱橋の谷底。先生方が発見したらしい。
俺はそのとき何もすることができなかった。
奇跡的に一命は取り留めたものの、彼女には記憶障害という後遺症が残った。
医者は時間が経てば収まると言っていたが、彼女の場合は、その間徐々に記憶が無くなっていくというものらしかった。
はじめはどうでもいい物忘れから始まり、次第にそれは大切な約束事や、周囲の生徒が誰なのか思い出せない等、症状は悪化していった。
いつか俺の事すら忘れてしまうのではないか、という不安がつきまとう。
彼女も同じ不安を感じていたらしい。
「いつか祐二くんの事も忘れるかもしれないと思うと私……とても怖い……」
そう言って泣く彼女に俺は提案する。
「忘れても忘れきれないくらい新しい思い出を沢山作っていけばいい」
それから俺たちは色んな場所へ出かけることになる。
休日は必ず二人で映画館、遊園地、ショッピングモール、ハイキングにも行った。
どれも幸せな思い出だ。
だけどその幸せな時間も長くは続かなかった。
卒業式を翌日に控えた休日の事だった。デート中、とうとう彼女は倒れてしまう。
症状が悪化したらしい。
大手術の末、彼女は一命を取り留める。結果的には手術は成功だった。
しかし彼女が目覚める事は無かった。
彼女の病室に駆けつけた俺は精密機器が並ぶその中央、ベッドで眠りにつく彼女を見る。
心電図の音だけが、彼女が生きてる事を証明してくれていた。
だけど彼女はもう笑わない──
もう抱きしめることもできない──
話しかけても、その愛しい人はもう何も話さない──
俺の心にはぽっかりと穴が空いた。
失った──何もかも全て。
世界は灰色に染まり、あてもなく彷徨う。
このまま死んでしまおうか、そう考えていた矢先、車のクラクションの音が鳴り響く──
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「あ、ああ……ああああ……!」
思い出した……全て……
溢れた涙が頬を伝う。
あの時の想いが溢れ出してくる。彼女と過ごしたあの幸せな日々が蘇る。
「祐二……大丈夫……?」
由美の心配そうな声が聞こえてきた。
俺の意識は現実に引き戻される。
そしてゆっくりと立ち上がり、由美に言葉を返す。
「……もう、大丈夫」
「そ……ならよかった」
由美はそう言うと。独り言のように小さく──
「やっぱり……何もないや……」
そう呟いた。
「……え?」
「ううん、何でも無い……」
「……」
「しおん……」
俺は大切な人の名を口にし、彼女の方を向く。
しおんは目を見開き、涙を流していた。
「しおん……しおん!」
「……」
やっと言葉に反応した彼女は、表情はそのままに無言でこちらを向く。
「祐二……くん?」
「どうしたの? もしかしてしおんも何か見た?」
「……ッ!」
しおんは顔を歪めながら、抱きついてきた。
「祐二くん……私……私!」
「……しおんも見たんだね」
「……」
「もう、大丈夫だから」
「……」
しかし彼女は顔を埋めたまま肩を震わせ、何も答えてくれない。
「私、先に帰るね……」
そう言って駆け出す由美。
俺は、彼女に何も声を掛ける事ができなかった。
「祐二くん……」
「……」
そして、静寂が包む空間で、俺たちは抱き合ったまま時間だけが過ぎていった。
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翌日、しおんは学園に来なかった。
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