第9話 合宿当日
合宿キャンプを前日に控えた日、朝のホームルームで担任からチーム分けに関する告知があった。
「えー、急な連絡になって悪いんだけど──」
担任は少し申し訳なさそうな顔をしながら話を続ける。
「部活に所属してる人はもう聞いてると思うけど、部に所属している人は部活単位でチームを組む事になりました。部に所属していない人は前回お知らせした通りクラス内で三名から五名までのチームを組んでもらいます」
「マジかよ!」
反応したのは前の席に座る
「連絡遅れてほんとごめんね! 先生すっかり忘れちゃってた」
てへぺろ。っと頭をこつんと叩く担任。
こんないい加減でいいんだろうか。
「じゃ、そういう訳だから、クラス内でチーム組む子は放課後までにメンバーについて誰か代表して先生に報告すること、いいわね?」
そう言うと逃げるように教室を後にする担任を見送りながら、教室の中はザワついていた
「
そう言って翔太が振り返る。
「まあ、部室に絵里が来て教えてくれたからな」
「なんで俺にも教えてくれなかったんだよ」
「いや、すっかり忘れてた、てっきり担任からすぐ周知あると思って……まさかこんな直前になって言ってくるとは思わなかったもので」
「はあ……俺たち、親友だよな……?」
悲しそうな目をして俺を見つめてくる翔太。
「なーに落ち込んでるのよ翔太」
「うるせえ
「え、何、あんた達そういう関係だったの? で、どっちが受けでどっちが攻め?」
どこからどこまで聞いていたのか、いきなり食いつきがよくなる絵里に面食らう俺。
もしかして絵里ってそういうのが好きなのか!?
「ちげーよ! 何勝手にカップリングしてんだ! 俺はノーマルだよ!」
「チッ、違うなら紛らわしい事言わないでよ、まったく。期待して損しちゃったじゃない」
舌打ちまでしてきた! この子本気だ!
それに翔太もこの手の話に明るいのか、突っ込みのタイミングが完璧だった。
絵里の新たな一面に関心しながら、しばらく翔太と絵里のやり取りを眺めていた。
「ところでさ──」
翔太が思い出したように俺を見る。
「部でチームを組むって事は、お前まさか──」
はい、翔太ストップストーップ、何か回りの男連中も反応してるからこれ以上はヤバイ。
「
爆発する翔太を止める方法は無かった。俺の両肩をがしっとつかみ前後に揺さぶる翔太。それと同時にザワつく教室。時既に遅し。
「おい聞いたか……」「ゆるせねえ……」「なんであいつだけ……」
周りの冷たい目線が突き刺さる気がした。居づらい……
翔太が揺さぶるのをやめると今度は半泣きしたような顔で言ってくる。
「いいよなあ……お前は綾崎さんと
「お、おい、本気で泣いてんのか!? そこまでの事かよ」
「そこまでの事だから泣いてんだよ! チクショー!」
翔太は俺の机に頭を打ち付ける。余程ショックだったらしい。
そして俺は、しばらくの間周囲の冷たい視線を感じながら授業を過ごす事になった。
放課後、やっと息苦しい空間から解放された俺はヨタヨタと部室へ向かっていた。
「やっほー祐二、あれ? 何かお疲れだね?」
「ああ、由美……疲れたよ」
「大丈夫? 顔真っ青だよ? 保健室行く?」
「いや、大丈夫、そういうのじゃないから」
由美は本気で心配してくれているようだ。俺は元気を振り絞って気丈に振る舞うことにした。
「それより、由美も部室だよな? じゃあ早いとこ行って明日の最終チェックしなきゃな」
「うん? あ、うん、そうだね、まあ、よくわかんないけど元気が戻ったならよかった……かな?」
きょとんとする由美だったが、すぐいつもの調子で話してくる。
細かい事を気にしない性格由美なりの気遣いなのだろうか、それが今はありがたかった。
部室へ入ろうとする綾崎さんを見つけ、由美が駆けていく。
「しおんちゃーん!」
「あら、由美さん、それに
「やあ、綾崎さん」
俺たちはそれぞれ軽く挨拶を交わし、部室へと入る。おのおの座り慣れた席に座ると、早速明日の合宿に向けた作戦会議が始まった。
「それで、明日の合宿に向けた最終確認をしたいのですが」
話を切り出したのは綾崎さんだ。
「まずは食材の調達と分担について、リストは以前お渡しした通りです」
前回の作戦会議の翌日、綾崎さんは早速二日分の献立と食材について必要な物をリストアップしてくれた。流石が早くて的確で、こういうところでも完璧なんだなと思い知らされた。
「買い出しが必要な食材は俺と由美が担当する、調味料は綾崎さんが担当する。で、合ってるよね?」
俺が念のためとして綾崎さんに確認する。
「はい、あの……すみません、荷物を多く持っていただく形になってしまって」
「大丈夫、力仕事は俺の役目だから、何ならもっと持ってもいいんだよ」
そう言って力こぶを作る形で腕をグッと上げてみせる。
「それが祐二の唯一のアイデンティティだもんね!」
「由美……よくそんな言葉知ってるな……まあ、合ってるけど……」
力仕事は俺、料理は綾崎さん、由美は綾崎さんのサポートという役割分担だ。
正直力仕事以外の活躍はできないと思ってるし、だからこそ由美に反論もできなかった。
「献立についてですが、献立の通り、初日はカレーにしようと思います。二日目はお味噌汁や肉じゃが、それとお漬け物等数点あわせたもの考えてみました」
「うん、いいと思う」
女性に作ってもらいたい料理ナンバーワンは肉じゃがと思ってる俺は、綾崎さんの考えてくれた献立に全面的に賛成した。
「しおんちゃんのお料理楽しみにしてるよー! あ、もちろん私もジャガイモの皮むきとか手伝うからね!」
由美もやる気満々のようだ。
俺も当日が楽しみで、早く明日が来ないかなと内心わくわくしていた。もちろん表情には出さないようにだ。
「夕飯に関しては問題なさそうですので、次はオリエンテーリングについてですね、事前に調べた事と注意点など話し合いましょうか」
「そうだね、俺も少し調べてきたよ」
「わたしも! とは言っても触り程度しか調べてないけど……」
それから、部活の残りの時間を俺たちはオリエンテーリングについて話合うことにした。
「それじゃあ、また明日ねー!」
「はい、由美さん、英田くんもまた明日、さよなら」
「さよなら綾崎さん」
いつものように校門前で解散し、俺と由美は明日からの合宿に備え、綾崎さんからもらったリストの買い出しに向かった。
「じゃあ、スーパー寄ってこうか」
「うん、えへへーお買い物ー」
「余計な物買うなよ」
「買わないよ! 子供じゃないんだし!」
由美が余計な買い物をしないようしっかり釘を刺すと、それを聞いた由美はいつものように噛みついてきた。
こういうやり取りも当たり前になってきたなあ。
「そう言ってカゴにこっそり入れたりするんじゃないか?」
「う……そういうのは卒業したの!」
なんで図星みたいな顔してるんだ……少しからかい過ぎたかなと反省した俺は、話題を変える。
「綾崎さんってほんと何でもできるんだな」
「しおんちゃんて凄いよね、私も料理もっと勉強しようかなあ」
「毒味なら付き合うぞ」
「ほんとに! じゃあ頑張る!」
嫌味っぽく言ってみたのだが、予想に反して由美は上機嫌のようだった。
「もし料理食べるとしたら祐二は何が食べたい?」
「肉じゃが」
由美がそう聞いてきたので、俺は即答する。
「肉じゃが、かあ、やっぱりそういうの憧れるもんなの?」
「憧れるって?」
「だってほら、女性に作ってもらいたい料理ランキングナンバーワン! ってこの間テレビでもやってたよ」
「そうだなあ、個人的に好きだからってだけなんだけど」
そんなランキングは意識したことが無いが、考えることは皆同じらしい。
「ふーん、じゃあ肉じゃが、頑張ってみる!」
ふんっと両手をグーにしながら気合いを入れる由美。由美も料理はそこそこできたはずだが、綾崎さんに対抗心を燃やしたのかやる気に満ちているように見えた。
そんなやり取りをしながら俺たちはスーパーで手早く買い物を済ませ、二日分というだけあり重さを感じるビニール袋を両手に提げながら早々に帰路へついた。
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合宿当日はキャンプ場のある最寄りでの集合となっていた。
家を出る前に忘れ物が無いか入念にチェックした俺は、二日分の食料という荷物を背負って由美と現地へと向かっていた。
最寄り駅から都心とは反対方面の電車へ乗り込み、約一時間という長い時間電車に揺られながら、俺は由美と他愛もない会話をして過ごしていた。
平日、都心へ向かう電車は混雑を極めるが、反対方面はほとんど利用する人が居ない為車内は空いていた。
座りながらしばらく車窓に流れる景色をぼーっと見ていると、由美が口を開いた。
「祐二、それ重くない? 私少し持とうか?」
「いや、大丈夫、これくらい平気だよ、それに今は座ってるし」
「そう? やっぱ男の子だなあ」
「どういう意味だよ?」
言ってる意味が分からなくて聞き返すと、由美は「うーん」と少し考えるようにしてからこう言った。
「頼りになるなあって事」
片目を閉じてウインクしてみせた由美。
「そうかい」
「ほんとだよ? やっぱ男の子って力あるなーって関心してたの」
頼りにされてるのは悪い気分じゃないなと思ったあたり、俺もまんざらでもなかった。
こうして暫く似たようなやり取りをする内に、気付けば目的の駅に到着していた。
「あ、英田くん、由美さん、こんにちは」
「やっほー!しおんちゃん」
「やあ綾崎さん、こんにちは」
遅刻するまいと少し早めに出た俺たちは集合時間三十分前に到着したのだが、綾崎さんは更に早く来ていたらしい、駅前で俺たちを待っていたようだ。
現地までの移動は動きやすい格好との指定があった為、俺も由美も学校指定のジャージだった、もちろん綾崎さんもそうしていたが、更に普段はそのままにしている長い髪をポニーテールにまとめていた。
髪をまとめた綾崎さんって初めて見たかも。なんだか新鮮な気分だな。
つい魅入りそうになるのを我慢し、気付かれないように努める。
「しおんちゃん早いね、いつからここに居たの?」
「えっと、一時間前くらい……でしょうか?」
「一時間も前に!? それはいくらなんでも早すぎじゃあ……」
思ってみれば部室に一番に到着するのは決まって綾崎さんだし、由美から聞いた話だと中等部の頃から今まで無遅刻無欠席なのだそうだ。今回も遅刻するまいと早く出てきたんだろう。
素直に関心する俺に、綾崎さんが話しかけてくる。
「英田くん、あの、リュックすごい膨らんでますけど重くないですか? 二日分の食料全部持ってもらうことになってしまってすみません……」
申し訳なさそうに言ってくる綾崎さん。
確かに重い。これから
「大丈夫大丈夫、力仕事は俺の役目って言ったでしょ。その分、綾崎さんと由美には料理で頑張ってもらわないといけないから」
「そうですか、なら、よろしくお願いしますね。私も料理、頑張らなきゃですね!」
そうして綾崎さんは両手をグーにしながら気合いを入れるポーズをとってみせる。今日はやけに気合いが入っているようで、いつものおしとやかさは持ち合わせていないようだ。
「そういうわけだから、荷物はしっかりキャンプ場に届けるよ、綾崎さんの料理すごい楽しみにしてるから」
「はい!」
俺たちは暫く雑談に華を咲かせていたが、いつの間にか出発時間がやってきたようで、担任や他の先生方が点呼をとりだした。
「はーい集合! みんなこっち来てー!」
「あ、じゃあ英田くん、また後で」
「祐二また後でねー」
「また後で」
Aクラスの集団に歩いて行く綾崎さんと由美を見送った俺は、到着してからずっと冷たい視線を向け続ける集団へと向かった。
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「はぁ、はぁ……」
駅から徒歩で歩くこと十五分のところで、キャンプ場へと続く長い上り坂が始まった。
坂そのものは緩やだが、当初の予想とは大きく違い、アスファルトの坂を荷物を担いで上るというのは辛いものだった。
「こんなにきついとは、思ってなかったな……」
今朝見たニュースが言うには、今日は例年より気温が高いとのことだった。おまけに雲一つ見えない快晴で、強い日差しとアスファルトによる照り返しの板挟みに遭いジリジリと皮膚が焼かれていくような感覚を覚える。
加えて、当初楽だと思っていた舗装された道の硬さが足への負担となり、一歩一歩踏みしめながら進む度足の裏に痛みが走っていた。
アスファルト歩くのって楽じゃないんだな。
「足が痛え……」
「祐二辛そうだけど大丈夫?」
「英田くん、大丈夫ですか?」
横に並ぶ二人が心配そうに声を掛けてくる。
「だ、大丈夫」
心配させまいと強がるも大丈夫そうでない声を出してしまい、我ながら情けなく思ってしまった。
「今からでも、荷物を分散させることはできますよ?」
綾崎さんが心配そうな顔をしてそう提案してくれるが、ここは意地を張ってでも自分で成し遂げなければならないことだと自分を奮い立たせる。
「いや、それには及ばないよ、まだちょっと足が慣れてないだけだから、このペースでいけばちゃんとキャンプ場まで運んでいけるから……」
「そうですか……? でも本当に辛そうですよ?」
「まぁまぁ、しおんちゃん、祐二がああ言ってるんだから任せようよ、唯一の"アイデンティティ"取ったら祐二の立場なくなっちゃうし」
今までの仕返しだとばかりにニヤニヤとこちらを見てくる由美だが、歩くのに集中しすぎて反応する余裕が無い。
しかし由美の言う通りこれは俺が唯一できることなのだ、ここで音を上げてしまっては意味が無い。
「そうだよ、俺は大丈夫だから、綾崎さんと由美は先に行って良いよ、俺はゆっくり行くからさ」
情けない顔を見せたくなかったのもあったが、俺の言葉を聞くと綾崎さんは「いいえ」と一言おいてこう言った。
「私たちはチームです、一緒に行動しなければ意味がないんです。ですから、私たちも英田くんのペースに合わせて一緒に行きますよ」
「そうだよー! 祐二一人置いてけないよ」
そうだ、俺たちは今はチームなんだ、綾崎さんや由美の言う通りバラバラに行動しては意味が無い。
二人が真剣そうな目でそう言ってくれるのがなんだか嬉しくて、気のせいだろうか、多少慣れてきたのかもしれないが自然と足取りも軽くなったような気がした。
「はは、ありがとう、じゃあこのペースで行こう。もし本当にダメそうになったら、その時はヘルプ、お願いするかも」
「はい! 任せてください!」
「祐二その意気だよ!」
俺たちは足並みを揃えてゆっくりと坂を進んでいった。
駅から出発してかれこれ一時間半が経過しただろうか、やっとの思いでキャンプ場へ辿り着くと、俺は木陰になっている芝生の上に倒れ込んだ。
「もう、限界」
「祐二お疲れさまー!」
「英田くん、お疲れ様です。まだテント設営までは時間ありますし、もう少し休んでいてください」
「うん、そうするよ」
そう言って暫く木陰で休憩することにした。
流れてくる風が気持ちいい。油断したらこのまま寝てしまいそうだ。
「(だめだ……このままじゃ眠って……)」
そう考えてるのもつかの間、俺の意識は夢の中への誘われていった。
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