桃弥side

48

 今日の作業を無断で休んだ時正と紘一、そして軍士。いつものように作業に出掛けた国男達は、作業現場の行く先々でビラを町に配布した。


 作業を休んだ紘一と軍士は、帰宅後、寮長に呼ばれ長い説教を受けたが、今日1日何をしていたのか断固として口を割らず、厳罰として夕飯は抜きとされた。


 午後8時、紘一の部屋に国男達も集まり時正の帰宅を待つ。午後9時27分、一度目の空襲警報が発令され、みんなは防空壕へと避難する。


「桃弥君の言う通りじゃ!9時27分、空襲警報は発令された。時刻もぴったりじゃ。原爆投下もほんまなんか!?」


 みんなは防空壕の中で、予言が的中したことに恐怖を抱いた。午後10時を過ぎても戻らない時正に、国男達は時正が1人で逃げたのではないかと疑い始めた。


「時正が1人で逃げるはずはない」


「中島新町には時正の婆ちゃんがおるはずじゃ。それに、時正の両親は市内に住んどるはずじゃ。時正は家族と連んで県外に逃げたんじゃろう」


「国男、ええ加減にせぇよ。時正は臆病者じゃが、わしらを裏切るような奴じゃない」


 軍士と国男は、帰宅しない時正に痺れを切らし口論を始めた。空襲警報が解除され、一旦寮に戻る。敵機は広島上空を旋回しただけで空爆はしなかった。


 深夜零時前、寮生の中には「本当に原爆が投下されるなら、今からみんなで逃げよう」と言い出す者もいた。


 逃げ出せば被爆を免れることは出来るが、深夜に集団で移動する交通手段もなく、徒歩での退避は陸軍や警察の目につく。


「もし原爆が投下されるんなら、鉄道は唯一の交通手段になるかもしれん。わしらが逃げては広島の人の交通手段が絶たれてしまうじゃろう」


 責任感の強い国男が仲間の混乱を鎮める。広島から退避せず、原爆投下時刻には防空壕から出ないことを取り決め、みんな各自の部屋に引き上げた。


「なして時正は戻らんのじゃろう」


「まさか、陸軍か警察に捕まったんじゃなかろうな」


「まさか……!?」


 布団に入っても一睡も出来ず、紘一と軍士は時正のことばかりを案じていた。


「時正は逃げ出したんじゃ。お前らは騙されたんじゃ。時正は始めから自分の家族を助けることだけを考えとったんじゃ。お前らは時正にビラ配りの首謀者にされただけじゃ」


「和男、時正はそがあな奴じゃない。お前も時正のことはようわかっとるじゃろう。桃弥君の予言は当たった。零時25分に2回目の空襲警報が発令されるはずじゃ」


「軍士、まだわからんのんか!時正はそいつに騙されたんじゃ。そいつが時正をそそのかしたんじゃ」


 いきなり殴りかかる和男に、軍士も布団を跳ね除け掴みかかる。


「やめんか!2人とも!」


 紘一は2人の間に割って入る。


 ――その時だった。


 寮の前で車の音がし、薄汚れたカーテン越しにライトの明かりが見えた。


「時正じゃ!時正が戻って来た!」


 俺はカーテンを開け、車から降りる人影を確認し部屋を飛び出す。紘一は窓から身を乗り出し外を見る。


「トラックじゃ!トラックじゃ!」


 紘一もすぐさま俺の後に続いた。軍士は和男を突き飛ばし部屋を飛び出した。就寝していたはずの寮に明かりが点る。


 ドタドタと廊下を走り寮の玄関ドアを開けると、そこにはもうトラックはなかった。


 暗闇にポツンと取り残された人影……。


「時正!心配させんなや……。ね……ね……!?」


 ――その人影は……


 時正ではなく、この時代にいるはずがないと思っていた、音々だった……。





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