32

 ――夕方、寮生が作業を終え続々と寮に戻って来た。


 部屋にいても、ガヤガヤとにぎやかな話し声が聞こえる。

 数十分後、廊下が静かになった。どうやら、全員食堂に入ったようだ。


 暫くして部屋の戸が開き、時正が俺を呼びに来た。時正は押入れから2016年の新聞を取り出す。


「桃弥君、携帯電話も持ってきて」


「わかった」


「今、紘一と軍士が皆に話をしとる。すぐには信じてもらえんじゃろうが、僕もタイムスリップのことをちゃんと証言するけぇ」


 俺は時正の言葉に頷き、携帯電話と警告文のビラを掴み部屋を出た。


 剣道やサッカーの試合でも緊張しない俺が、手が震えるくらい緊張している。俺の話を信じてもらえなければ、みんなを助けることなんてできない。不審者だと決め付けられ、警察に突き出されても仕方はない。


 食堂のドアの前で深呼吸をする。震える指先でドアを開けると、一斉にみんなの視線が向いた。


 食堂に50~60人はいるだろうか……


 好奇な視線が俺をとらえる。その視線に負けないように、俺は拳をぎゅっと握る。


「最近、紘一や軍士の様子がおかしいと思っとったんじゃ」


 最前列の席に座っていた体格のいい男子が口を開く。


「こそこそ飯を盗んでは、部屋で野良猫でもこうちょるんかと思うとったが、時正が非国民を匿っとるとはな。そいつは米兵の犬じゃろうが。わしらに危機感を植え付け、広島を占領する気じゃろう」


「こんなやつ駐在に突き出したれ!」


 皆が一斉に立ち上がり、物凄い形相で俺を威嚇し激しく罵倒する。


 鉄道学校の中でも一際おとなしい性格だと言われていた時正が、みんなの前に立ちはだかり両手で2016年の新聞を広げた。


「みんな、これを見ろや」


「なんやそれ?ただの新聞じゃろうが」


「未来の新聞じゃ。日付をよう見てくれ。2016年5月28日の新聞じゃ」


「未来?日付けなんかどうとでも印刷することは出来るじゃろ。何が未来じゃ。バカバカしい」


「そーだ。そーだ!」


 食堂の床が揺れるくらいの怒号が、鼓膜に突き刺さる。


「よう見てくれ。これがなんかわかるか!」


 時正の広げた新聞に掲載された原爆ドームを紘一が指差す。

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