肆
桃弥side
30
―8月3日金曜日、雨―
仕事を終えた紘一と軍士が方々で紙を集めてきてくれた。
それは広告の裏面だったり、包装用の紙だったり、顔馴染みの襖屋から貰った廃棄する古い襖紙や障子紙だったり、俺達はその紙をA4サイズに裁断し【警告。広島市民に告ぐ。8月6日朝8時15分、米軍が新型爆弾を投下。中島地区(中島本町、材木町、天神町、元柳町、木挽町、中島新町)の住民は即刻町から退避せよ。
広島から退避出来ない市民は出来るだけ離れた場所に避難するか、防空壕に避難せよ。】と書いた。
和男は同じ部屋にいるのに、俺達の活動には参加しなかった。
「そがあなことを書いても、誰も信じやせん。駐在に捕まり拷問を受け牢屋に閉じ込められるだけじゃ。紘一も軍士もよそ者に騙されとるだけじゃ」
和男にとって俺は、目障りな存在。
でも、鉄道学校の学生じゃないのに、寮長にも告げ口せず、ここにかくまってくれているだけ感謝するべきなのかな。
「俺の話すことは信じなくてもいい。でも和男さんもここから退避出来ないのなら、6日の朝は防空壕に避難して下さい」
「作業があるんじゃ。退避なんか出来ん。軍士も紘一も時正もそうじゃろう。義勇隊も学生もみんな休まず働いとるんじゃ。そがあなことをする暇があるなら、桃弥君も勤労奉仕したらどがいじゃ」
「勤労奉仕……」
「そうじゃ。中等下級生や母親ですらお国のために勤労奉仕をしとるんじゃ。わしらと同じ年齢なのにお国のために何もせんのは非国民じゃろう」
「そう……だよね。でも今は広島の人を助けたい。みんなは警告文を作ってくれ。俺は今からこのビラを中島地区に貼ってくる。広島市長にも直談判する」
「広島市長に直談判?わしらみたいな庶民が、市長に逢えるわけなかろう。それにビラを貼るなんて、どこに貼る気じゃ」
「駅や人の集まりそうな場所に、手当たり次第貼るつもりだ」
「そがあなことをしたら、一発で駐在に捕まるぞ」
「だけど、全世帯に配ることは不可能だよ」
「桃弥君、駅に貼るのはわしらがやる。わしらは仕事で色々な駅に立ち寄るんじゃ。ビラを貼るのは同じ日にしよう。一斉に貼らないとすぐにみんな捕まってしまう」
「紘一さん。一斉に貼るって……?」
「桃弥君、1人でも多くの人を救うためには、わしらだけじゃ無理じゃ。明日は寮長がおらん。夜、食堂で寮のみんなに話すつもりじゃ。みんなが協力してくれたら、中島地区や他の町に貼ることも可能じゃ。一か八かの大勝負じゃ。警告文は8月5日一斉に町に貼る。原爆投下の前日に貼れば駐在も陸軍も、手も足もでん」
紘一の言葉に、時正も軍士も深く頷いた。
「それじゃだめだ!前日では広島から退避出来ないよ」
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