15

「冷めないうちに食べなさい。ご飯のお代りはいくらでもあるからね」


 時正は皿を持ち上げ、喉をゴクンと鳴らし、皿に口をつけスプーンでカレーを掻き込むようにガツガツと食べ始めた。


「うまい、うまいです。辛いけどうまいです」


 時正の目には涙が滲んでいる。

 泣きながらカレーを貪り食う時正を見つめながら、俺は父と顔を見合わせた。


 時正はカレーを残すことなく綺麗に完食したが、そのあとまた一言も話さなくなった。父は情緒不安定な時正を刺激することなく、遠縁の親族として温かく迎える。


「桃弥、時正君を早く休ませてあげなさい。今日は疲れているようだ。ぐっすり寝るといい」


「おじさん、ごちそうさまでした。このご恩は一生忘れません。おやすみなさい」


「おやすみ」


 時正のやつ、大袈裟だな。

 あまり優等生に振舞われると、父にあとで嫌味を言われそうだ。


 父に促され、俺は時正と一緒に2階に上がる。時正の荷物は何ひとつない。財布もないなんて、どうやってここまで来たんだよ。無賃乗車かヒッチハイクでもしたのかな。時正の言動は謎だ。


 俺の部屋は六畳一間の洋間。シングルベッドと机とテレビ、パソコンと漫画やCDが散乱しているだけ。俺はクローゼットから客用の布団を取り出し、フローリングの床に敷く。


「床で我慢しろよな」


 時正は物珍しそうに俺の部屋を見つめ、壁に掛かるカレンダーに視線を向け目を見開いた。


「桃弥君、おじさんが71年前に終戦したって言ったけど、それはほんまですか?」


「第二次世界大戦は1945年8月15日に終戦したんだよ。時正は学校に行ってないのか?」


「今は……1945年じゃないんか?日本はもう連合国軍と戦争してないんか?」


「1945年?さっきから何言ってんだよ。何も覚えてないのか?まさか記憶喪失?」


「記憶喪失なんかじゃない。僕は日の丸鉄道学校1年、学徒動員で広島機関区に配属され、今は広島の鉄道寮に住んどるんじゃ」


「日の丸鉄道学校?学徒動員って……?…冗談きついな。まさかタイムスリップしたなんて言わねーよな。エイプリルフールじゃねぇんだからさ」


「エイプリルフール?タイムスリップってなんじゃ?外国語はようわからん。日本人なら日本語で話してくれ。広島は8月6日の朝8時15分に何があったんじゃ!産業奨励館がなんであんな無残な姿になったんじゃ!広島も東京みたいに大空襲をうけたんか!」


 時正は混乱し、半狂乱にでもなったみたいに取り乱している。時正の話を聞いている俺の方がおかしくなりそうだ。


「時正、落ち着け。お前、本当に1945年から来たのか?」


「僕は嘘なんかつかん!全部ほんまじゃ」


「まじかよ」



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