第三章 卒業証書授与04
<双葉>
「とまあ、そんな感じの出来事が昨日ございまして」
<全員>
「…………」
<双葉>
「それで、大束抱えて体育館に着いたら着いたで、もう他のみんなはとっくに帰っちゃってたりするわけですよ」
<秋人>
(…………)
<双葉>
「私が来るのを一人で待ってたらしい先生もカリカリしてるし。それでもって凄く急かすから、慌てて言われてた台の上に証書の山を置いて」
「もう全力ダッシュで体育館を出たんだけど……私が出るなり、扉をバゥァタン! って。いやぁ、参った参った」
<全員>
「…………」
<双葉>
「と、いうわけでして。だから私も工藤先生に習って、『不可能なんじゃね?』派に派閥変更をば……って、どうして皆して一斉にため息を!?」
<秋人>
「いや、なんつーか。実にどこまでもお前らしいエピソードだった」
<双葉>
「褒められては……ないのよね、やっぱり」
<秋人>
「正解」
<聖司>
「と、とにかくです。今の牧さんの話、色々と吟味する必要が大きすぎて……すべて、本当の事なんですよね?」
<双葉>
「ほ、本当です! 私、嘘なんてついてませんよ!」
<優希>
「だとしたら、このような馬鹿げた話が……」
<秋人>
(不可能……なのか?)
<優希>
「牧 双葉、いくつか確認したい事がある」
<双葉>
「は、はい?」
<優希>
「まず初めに、お前が資料室に到着した時の状況だ。そこに先客としていたのは3年D組の担任であり──」
「その教師は、生徒名簿と照らし合わせながらD組分の束をめくり、並び順の確認をしていたのだな?」
<双葉>
「え、ええ多分そうだと思います。少なくとも、私にはそう見えました。何をしているのかって、直接聞いたわけじゃないから断言とかは……あれですけど」
<優希>
「断言できんのか!? 重要なところだぞ!?」
<双葉>
「だ、だってぇ……」
<工藤>
「それなら私が断言しよう」
「昨日の夕刻頃、3年D組の担任は、かなり遅い時間に受け持ちクラスの証書の並び順をチェックしている。牧の話にあったように、クラス名簿と照らし合わせながらな。すでに本人から確認済みだ」
「そしてそのチェックの時点では、『榎本正成』と書かれた証書など、D組の束の中には無かったという話だ」
<秋人>
(つーことは。榎本って奴の証書が束の中に仕込まれたのは、D組担任のチェックが終わった後だったと考えるべきなんだろう、が、しかし)
(……むう)
<優希>
「よし、なら次だ!」
<双葉>
「はひっ」
<優希>
「牧 双葉! お前はD組担任のチェックが完了してすぐ、五クラス分、五つの束を一つにまとめる作業に入ったのだな?」
<双葉>
「そ、それなら間違いないです!」
<優希>
「本当は資料室を離れ、どこかで時間を潰していたなどという事はないだろうな!?」
<双葉>
「そんなわけありません! すぐ始めました! すぐです! 息つく暇もないくらい直ちにです!」
<秋人>
(ここまで言い切るってこたぁ、嘘じゃなさそうだが)
<優希>
「よし次だ! 証書の束を抱えて体育館に到着したお前は、所定されていた場所に束を置いた。間違いないだろうな!?」
<双葉>
「そうです! そのとぼりですー! 舞台の端っこに置かれた、それっぽい台の上に置きまじたー! 何これコワイー!」
<聖司>
「ちょ、ちょっと落ち着きましょ、水城さん? 彼女、怯えてますよ?」
<優希>
「やかましい、黙っていろ三下メガネ!」
<聖司>
「さ……さん……」
<優希>
「次ぎ、続けるぞ! お前が体育館から出ると、すぐさま館は施錠された! その際、施錠した教師は防犯センサーを確認していたか!?」
<双葉>
「センサーって何でづか! ぞんだと知りまぜん!」
<優希>
「知らんですむか、ど阿呆め!」
<双葉>
「だ、だってぇ!」
<工藤>
「落ち着け、水城。その件についても、すでに私が確認している」
<優希>
「ぬ!?」
<秋人>
(ぬ!? ってあんた、相手は先生だろうに)
<工藤>
「まったく」
「いいかね? 体育館内の無人を確認する防犯用の熱感知センサーは、確実に『無人』と表示されていた。これも、昨日、体育館を閉めたと言う職員から直接確認をしたことだ」
「仮に誰かが館内に上手く隠れ潜んでいたとしても。ひとたび動けばセンサーが反応し、すぐさま契約している警備会社に連絡が行く手筈になっている」
「しかし昨夜、そのような異常が起きたと言う報告など受けてはいない」
「ならば。『無人だった』という証言自体は、信じてしまっても構わんだろうよ」
<優希>
「そう……ですか、分かりました。では……次の質問だ、牧双葉」
<双葉>
「ま、まだあるんですか……?」
<優希>
「これで最後だ、正直に答えろ」
<双葉>
「は、はぁ……」
<優希>
「貴様。203枚が重なった証書の束の中に、『榎本正成』の証書を加えたか?」
<双葉>
「………………え?」
<優希>
「加えたのか?」
<双葉>
「い、いいい」
<秋人>
「諦めろ。もう逃げられんぞ、白状しろ。入れたんだろ、そーだろ?」
<双葉>
「いーーー! 入れてないわよ!?」
<秋人>
「……ちっ」
<双葉>
「今の舌打ちはなに!? 私、本当に入れてないからね!」
<優希>
「そう……か。分かった」
<秋人>
(こりゃ参った)
<聖司>
「ちょっと待ってくださいよ? という事はですよ? あれ、今……どんな話になってるんだ?」
<秋人>
「どうもこうもあるか。話がややこしくなってんだよ、察しろメガネ」
<聖司>
「うお」
<秋人>
「いいか?」
「D組担任のチェックがあった段階では、束の中に『榎本正成』の証書は仕込まれていなかった」
「そのチェックが完了した後すぐ、証書は一つの束にまとめられて、こいつの手で体育館へと運び込まれている」
「そして、運び込まれるや否や体育館は施錠。何ちゃらセンサーとかで無人を確認……と、なるとだ」
「それじゃあ榎本って奴の証書は、いつ束の中に混ぜ込まれた?」
<聖司>
「……あ、チャンスが無い?」
<秋人>
「そ。チェック時点では、証書の存在は確認できず。そしてチェックが終わってから体育館が施錠されるまでの間にも、そんなチャンスがあった様には思えない。とすると──」
<聖司>
「あ、そ、それじゃあ……早朝。今日の朝一、体育館が開いてから……卒業式が始まるまでの間に……っというのは?」
<秋人>
「まあ、残る可能性はそれくらいしか無くなっちまうわけだが。しかし実際のところ、どうなんだ? それは在り得そうか?」
<工藤>
「いや、考えにくいだろう」
<優希>
「でしょうね。人目に……付きすぎる」
<工藤>
「なにせだ。今日、朝一で体育館を開けたのは、他ならないこの私だ。そしてそれ以降、式が始まるまでの間、私は体育館に張り付いて他の教員に対して作業の指示なりを出していた」
「舞台の上からな」
<全員>
「!?」
<工藤>
「確かに。朝一の時点ですでに、203枚の証書の束は所定の位置に置かれていた。そして、式が始まるまでの間、誰かが証書の束に細工をしているような様子などなかったはずだ」
<聖司>
「と言われましても。工藤先生だってずっと証書の束を監視していたわけではないはずでは?」
<工藤>
「監視していなかろうとも、そんな者がいたら気付くはずだ。考えても見なさい」
「今朝、式が始まるまでの間に、榎本正成の証書を束の中に紛れ込ませようとしたのならば」
「その人物は、偽造した証書を一枚持参して舞台へと上り、そして203枚の大束の中からD組の先頭という『入れるべき場所』を探していたという事になる」
「流石にそこまでされたら、気が付かない方がどうかしている」
<聖司>
「で、でもそれだと……本当に」
<秋人>
(……何だってんだ、こいつぁ?)
<聖司>
「本当に『不可能』じゃないですか」
<工藤>
「だから私は言っているのだ。この様な細工を施すこと自体、大よそ──」
<秋人>
(……くっそ)
<工藤>
「? 急にどうされた?」
<秋人>
「悪い。ちょっと席を外させてもらう」
<双葉>
((へ? どこ行くのよ!?))
<秋人>
「なに、いつものだ。ちょっとした越境だ」
<工藤>
「越境?」
<優希>
「ああ、タバコか」
<秋人>
「分かってんじゃねーか。んじゃ、そっちはそっちで、勝手に考えててくれ」
<双葉>
「あ、ちょっと!? また勝手に!」
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