私の綺麗な月

笠森とうか

00. 婚礼

 太陽と水のきらめきに定められた、二つの部族の、一つの婚儀。炎熱に灼かれ夜に生きる砂の民と、大地を知らず昼を泳ぐ水の民。百年も、千年も続くようにと祈りを込めて、選りすぐりの織り手が複雑で精緻な文様を織り上げた。美しいその布を纏うのは、定めの息子、テイジャワのアゼル。更なる繁栄を願い、灼熱の炎で鍛えられたのは強く、硬い短剣。日月と星辰に捧げられ、さやかな光を照り返すしろかねを腰に吊るは、定めの娘、セルリエのエレニア。まことの契りは果たせずとも、一刻も早い予言の成就を望む古老たちの声により、ついに婚礼の儀は執り行われた。十三の妻と、十八の夫。刺繍の模様も、グクルカの食べ方も、歌う子守唄も異なる二人は、それでも大きな導きによって今日このときを以て夫婦となる。託宣巫の眼前に坐した二人は、背筋を伸ばして定めの刻限を待っていた。

 エレニアはこれより「夫」としての責任を負い、異例のことではあるが十三にして成人と見做される。娘の身でありながら夫とは奇妙な話だとエレニアは思う。けれど、託宣が指し示した定めの子は間違いなく自身であったし、それはアゼルとてそうであったろう。焚かれた香木は得も言われぬ好い芳香を漂わせ、満天の星空を明るく照らしていた。

 じきに、時が満ちる。『二つの星が重なり合う夜、湖面の花びらが熱砂を癒すだろう』――――時は満ちた。


 「テイジャワのアゼル」

 「……はい」


 託宣巫に応える声はくぐもっていた。頭頂部から流れるように、幾重にも被さった布地のせいだ。決して小さくはない身体のうち、外から見えるのは目元の僅かな隙間のみ。それすら、仕上げとばかりにかけられた薄いヴェールに阻まれてきちんと色を確認することも難しかった。これが、男として生を受けた砂の民の正装。神への捧げものであるかのように豪奢な包みでくるまれたアゼルは、姿こそ見えないものの凛とした背中がうつくしいと、エレニアは思った。


 「セルリエのエレニア」

 「はい!」


 対するエレニアは、およそ布地と呼べるような代物を殆ど身につけてはいなかった。薄い胸と腰だけを覆った、簡素な衣服。動物を飼う習慣のない水の民は、布地の材料を自分たちで獲得することが難しい。故に、正装は砂の民のように布地をふんだんに用いたものではなかった。耳には貝殻を研磨した飾りを。大きな魚の骨から削り出された純白の玉を連ねた首飾りに、水辺で見かける生花が淡い水色をしたエレニアの頭髪を彩っていた。


 「誓います。アゼルは今宵この晩から、花の寝床となりましょう」

 「誓います。エレニアは今宵この晩から、砂の癒しとなりましょう」

 「定めの子らよ。託宣はここに成就した。幸いあれ、幸いあれ! お前たちの道ゆきに、大いなる祝福のあらんことを!」


 水辺の誰より祝福されたエレニアと、砂漠の誰より祝福されたアゼルは、こうして夫婦と相成ったのである。

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