みちくさ、よりみち、かくれんぼ

@microkey

一日目 待って、静かな、恋心

 長い廊下。子供が覗ける位の高さがある壁からは、天井ぎりぎりまで窓が伸び、目一杯光を取り込んでいる。その光を受け取る壁には、身長が高めの人間でも入りやすい大きさの扉が一定の間隔で並んでいる。

 だが、この空間は、普通の建物としては相応しくない部分があった。

 光を取り込む窓のガラスは無残に割れ、砕けた破片が廊下の床をきらきらと飾り付ける。扉の方は、なんとかその場には居るが、蝶番の螺子が外れ、少し押せば倒れてしまいそうな危うさで枠組みに引っかかっていた。

 そして、活気を失った建物を浸食する緑。建物の直ぐ傍まで木々が迫ってきている所為か、その色の割合は多い。壁に蔦、床に草。日向には小さな花々、日陰には苔。とある部屋には、それなりの大きさまで木が育ち天井を追い越して、太陽を目指してしまった。

 「本当によく育っちゃったな、お前」

 そんな木の下に、女性が居た。苦笑いを浮かべて、木の周りをぐるりと一周廻ると、上の方を見上げる。室内から光を求め窓のの方へと傾きつつ伸びたその姿は、長い年月ですっかりと部屋を占拠してしまっている。

 「で、こんなになるまで放って置いたのに、来ちゃったの?」

 女性はくるりと体を背にしていた扉の方へと向ける。彼女が言葉を向けた場所には、苦そうな表情をした男性が居た。

 「待たせた事は謝りますが、そうなったのは貴女の所為ですよ」

 「おやぁ? そうだったかな? 随分と待った所為で、忘れてしまったようだ」

 にやにやと笑った女性は、男性から見えない木の裏側へと移動して、表情だけが見える様に彼の方を覗き込む。そんな態度をとる女性に男性は、溜息をひとつ吐き、彼女へと近づく。幹からはみ出た女性に、男性は重なってしまいそうなほど近くへと近寄る。流石に照れくさいのか、逃げ出そうとする彼女に、彼が言葉を告げる。


 「なら、直ぐに


 悲願。この世の何よりもこの言葉の意味が、彼の過ごした今までの答えであり、苦しみだ。彼がこんな想いを込めて此処に来る事など、とうの昔に彼女は知っていたのに。

 「『生きて』なんて言わなければ、こんなに時間が掛かる事もなかった。まぁ、『待っていてくれ』なんて言った僕が言えた事ではないですけど」

 我が儘と我が儘がぶつかった結果が今なのだと、そんな事分かっていた筈なのに。

 表情を変える事も皮肉を紡ぐ事もせず、下を向く彼女に、彼はまた溜息を吐く。

 「大丈夫ですよ。それをさせてくれなかったのは、僕を思っての事だって知ってますから」

 「……相変わらずの生意気坊主め」

 「変わってしまっていた方がお好みでしたか?」

 「別にそのままでもいいとも!」

 怒った風にそう言った女性は、男性の横をするりと通り抜け、彼の入ってきた扉の前へと進む。それを追う様に男性は女性の後ろに近づくと、彼女がぐるりと振り返る。

 「君が君であったのならなんの問題もないさ」

 先程までとは違う、彼女の穏やかな微笑み。許すではなく、全て受け入れる。そんな笑みに、彼も釣られて微笑む。

 「嫌われてなくて良かった」

 「嫌う訳ない。ここまで待ったんだから」

 「本当にですか? 僕が年取った姿でも?」

 「疑うとは失敬な」

 「疑ってませんよ。確認です、確認」

 「それを疑ってると言うんだ、馬鹿者」

 「そうでしたっけ?」

 「やっぱり、中身は呆けてるんじゃないか?」

 「それを言うなら、貴女もじゃないですか? ずっとここに居た訳ですし」

 「おーおー、言ったな坊主。あっちにいったら覚悟しておけ」

 「はいはい」


 此処は静かな廃屋。割れた窓から風が吹き、外れた扉をぎいぎいと鳴らす。

 そこに人はいない。廊下の草は自由に伸び、荒らされた形跡もない。

 ただ、少しだけ、光が揺れた。何か其処にふたつ、何かが存在するかのように。




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空想キーワード【廃墟の女性】

目標【体のパーツを出さずに書けるか。】

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