グランド・スタディーズ

mirailive05

第1話 さあ、行きますわ!

 きらめくグリーンの車体、蒸気煙を棚引かせて少女の駆るDKW(デーカーヴェー)製の車は、畦道あぜみちをものともせず疾走していた。

 町から離れ点々とする放牧地帯を過ぎると、国境のある緩衝地帯に行き着く。

 その国境近くの草原を無理やり突き抜けると、北東から南西へ延々広がる荒れ地にたどり着いた。

 そこには、遠目で見ても人工的だとわかる溝道が無数に、しかも果てしなく掘られていることがわかる。

 前の大戦で造られた広大な塹壕が、多少風化してるとは言え、未だにその姿で残っているのだ。その広大な塹壕の造られた一帯は、今は暫定中立地帯になっている。

 実家から無断で持ち出した最新式の蒸気三輪を小高い堡塁ほるい跡の横に停止させると、エリスは学生服の上に掛けた軍用装備帯のポーチから、小ぶりなブッシュネルの単眼鏡を取り出して覗き込んだ。

 左右は地平線まで伸びる複雑な塹壕の溝道、正面には大戦で敵対した隣国の平原が見える。数十マイレン置きに中立地帯の監視台があるはずだが、ここからはよく見えなかった。

「アーデ、何寝ているんですの、着きましてよ!」

「え、あ、はいっ!?」

 アーデと呼ばれた小柄な少女はツインにしてリング状にまとめた三つ編みをビクンと振るわせて跳ね起きると、対照的に長身のエリスを見上げた。

 エリスの駆る蒸気三輪のあまりなスピードと揺れで、軽く失神していたらしい。

「どこ、ですの、ここは……」

 女学院のあるハゥプシュタットとはあまりにかけ離れた風景に、再び失神しそうだった。

いささか風情に欠けますが、当面ここがわたくしたち文明文化研究クラブの調査活動の場になります」

 当然のようにエリスは宣言した。

「え~!?」

「我がクラブが探求するテーマの一つ(旧塹壕地帯の謎)の解明。そのために私たちは装備を整えてここに来たのです」

「私、今初めて知ったのですけれど……」

「先日私の屋敷で発見されたこのノート、祖父とあなたの御爺様であるクライン卿の共同調査手記ですが」

 そう言って学院指定のショルダーバッグから、小ぶりのしっかりした羊皮で装丁された日記帳を取り出した。

「その内容の実証と更なる研究のために、万難を排し謎の解明を成し遂げねばなりません」

 それこそが、クラブの発展につながるのですと、エリスは力説した。

「初の万国博覧会を来年に控えた今、ここでの調査・実績を上げることこそが、学院の方々に文明文化研究クラブの存在を知らしめる、絶好の機会ですのよ!」

 生来気の小さいアーデは、薄っすら涙目で一応言ってみる。

「この辺は野生の狼や熊が出ることもあるから、近づかないようにと先生方がおっしゃってましたのに……」

「大丈夫!」

 エリスは優雅に荒れ地に降り立つと、形の良い胸を張ってアーデに振り返った。

 そしてすたすたとDKWの後ろに回ってトランクを覆ったカバーを取り払う。

 「このように充実した装備も持ってきていますし、害獣などいざとなれば射撃大会で優勝したこともあるこの私が仕留めてみせますわ」

 中には探検でもするかのような装備、調査用機材の他に、複数の銃器が収められていた。

(嘘ですわね、撃ちたいだけでしょう……)

 エリスの多趣味は学院では有名で、ハンティングもその中の一つだった。

 だがアーデはエリスの射撃趣味が単なる趣味の範疇はんちゅうを超えて、引き金を引くことに高揚感を覚える、トリガーハッピーではないかと疑っている。

「でもエリス、随分旧式のライフルのようですわね、

 おずおずとトランクを覗き込んだアーデが、いつもエリスが愛用している最新のボルトアクション式ではなく、旧型の上下二連式を見て言った。

「違いますわアーデ、これは御爺様が発明した多用途射撃システム(Vielseitige Dreharbeiten System)ですの」

 慣れた手つきでVDSを持ち上げ、分解しだすエリス。長いライフル用の銃身から、口径の大きな短い銃身に交換する。

「装弾数こそ二発と少ないのですけれど、各種アタッチメントを用いれば、ライフル弾から散弾、グレネード弾まで様々な用途の弾が使えますのよ」

 エリスはソードオフショットガンタイプに換装したVDSをうっとりと眺めると、手早くスリングを取り付け、ショットシェルを収納した軍装帯と共に身に付けた。

 一通り自分の支度を終えると、ほけっと見ていたアーデを睨む。

「なってないですわね、身だしなみは淑女の嗜みですわよ」

 そう言って、別の装備を引っ張り出す。

「パーティーにはパーティーの装い、調査には調査の装い、いつどこでどなたに見られているか分かりませんもの」

 国境沿いのこんな辺境に、人影などありはしない。

「きゃっ!!」

 突然バサッと足元まである制服のスカートをたくし上げられ、無理やりガンベルトを装着させられるアーデ。

「いきなり何をなさいますの……」

 ギリギリ絶対領域は死守しつつ抗議するアーデの声を黙殺して、エリスは一丁の旧式っぽい拳銃を差し出した。回転式弾倉にそのままグリップを付けたような形の、ペッパーボックス型と呼ばれるリボルバー銃だった。

「これも御爺様の発明した物で、装弾数12発の火力を重視した銃ですわ」

 おっかなびっくり受け取るアーデ。一応、幼馴染のエリスに引っ張られて射撃の訓練は積んでいた。一向に腕前は上がらなかったが。

「アタッチメントで簡単にシリンダーごと銃弾を交換できます。それだけ撃てばどれかは当たりますわ」

 分かっているとは思いますけれど、撃つまでは絶対に引き金に指をかけない事。と言い添えて、ホルスターに収めさせる。

「あとこれを」

 そう言って、エリスは筒状のものにストックを取り付けただけのような銃器を手渡した。

「何ですの、これ?」といぶかしむアーデに「擲弾筒グレネードランチャーですわ」と事も無げに返すエリス。

 ガッシャン!

 と派手な音を立てて擲弾筒が転がった。取り落とし、思わず絶句するアーデ。

「そ、そ、そ、そんな恐ろしい物持たせないで下さいまし!」

 当然の抗議に、しかしエリスは平然と受け流して擲弾筒を拾い上げると、再びアーデに押し付ける。

「この辺に野党の類が出ないとも限りません、念には念を入れてですわ」

 二人は装備を整えると、あたりを警戒しつつ塹壕へ向かった。

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