第4章 遠くの町で
第10話 遠くへ。
パン焼き窯に火が入らなくなってから、どのぐらいたっただろう。
ノータの瞳にうつる世界から色が消え失せてから、もうどのぐらいたったのだろう。
どんなに綺麗な色のキャンディーにも、何の色も見い出せなくなっていた。
寂しさと悲しさ、怒りと孤独がない交ぜとなり出口の無い胸の中で、渦巻いては暴れ容赦なく心を傷つける。その小さな胸は、傷を治す術も慰める術も知らない。
笑うことのなくなったノータは、口を固く結んだまま拳を膝の上で握り、窓辺にじっと座っていることが多くなった。
その足元で寝ているパピをなでる時だけ、ほんの少しだけ頬が和らぐ。
夜、珍しく人が来た。一緒に食事をするのよ、と母さんが優し気な眼差しで話しかけてきた。久しぶりに見る母さんの柔らかな顔に少しほっとする。
賑やかな笑顔を振りまいて入ってきたのは、街の真ん中にある大きなお花屋さんのおばさんだった。
お店の前を通ると、いつも甘い花の香りが漂っていて、その香りを吸い込むために歩道を何往復もした幸せな記憶を思い出す。
豆が沢山入った温かいスープにこんがり焼けた鹿の肉、オイル漬けにしたたっぷりのチーズがサラダに添えられたテーブルにはキャンドルが灯され、二つのグラスには赤いワインまで注がれている。
食事が半分ほど進んだところで、花屋のおばさんが満面の笑みを浮かべた顔をこちらに向ける。
「ねえ、ノータちゃん。お父さんの事は本当に気の毒だったわ。私も悲しくて悲しくて何日も泣いていたの。でもね、こうしてノータちゃんとお母さんがずっと閉じこもってるのはその、そうね、お父さんも喜ばないんじゃないかと思ってね」
言葉を切り、その口に流し込まれるワインの色がやけに、やけに赤く見える。まるで流された血のような。
おばさんは続けた。
「山向こうの、ここよりは小さな町なんだけど、町1番の腕のいい猟師が2人を迎えたいって、新しい家族として迎えたいって言ってくれてね。そりゃあ離れるのは辛いけど、いつまでもこのままって訳にはね。この先お母さん1人じゃ何かと大変だろうし。ね、ノータちゃん、そうしよう、ね」
悲鳴を上げ始めた心が逃げ惑う、けれどどこにも行き場なんてない。助けを求め見た母さんは、おばさんの話に小さくうなずいていていた。
なぜ、どうしてなの母さん。どうして――。
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