とけい

 僕と同じクラスにいる山田さんは時計人間だ。


 時計人間というのは時計と人間の合成種で、全国に三千人程度しかいなくて、本来なら合成種の入るような特別な学校へ行く。だけど彼女のお母さんは、山田さんに普通の人間として暮らして欲しかったらしい。

 幸い、山田さんは活発で、明るくて、しかもお母さん似で美人だから、いじめとかそういうのとは無縁に過ごしている。

 腕の甲にアナログ時計がくっ付いているし、何より心臓の音の代わりにこちこちと歯車が回っているけれど、そういったユニークさもまた、山田さんを可愛いなと思う人を増やしている一因になっていた。


 僕もそうだ。

 短めにカットされた山田さんの髪が、教室の窓から吹く風に揺れたり。

 前の椅子に座った彼女の歯車の音が、テスト中の静けさに聞こえたり。

 頬杖を突いた彼女の手の甲の指針が、授業終了三分前を示していたり。

 そんなひとつひとつに、いちいち僕の心臓は高鳴っていた。


 ある時、僕は、ついに決心して、彼女を放課後、廊下に呼び出した。

「僕と付き合ってくれないかな?」

 山田さんは驚いて、戸惑って、真っ赤になった後、少し考えさせて、と言った。

 頬が高潮しても彼女の歯車の動きは早まったりしていなくて、それが不安だった。


 不安は的中した。

 二日後、山田さんは、僕にごめんね、と、すまなさそうに両手を合わせたのだ。

 でも嬉しかった、ありがとう。

 そうも言ってくれたけど、僕の気は収まらなかった。悔しかった。確かに山田さんは男子にも人気があるけど、それでも僕と彼女とは比較的親しく話をしていたから、充分可能性はあると思っていたのに。


 それから一カ月後、街で、山田さんを見掛けた。

 部活の先輩と、手を繋いで歩いていた。

 微かに頬を染め、嬉しそうに。

 ——彼女の手の甲にある時計は、遠目にもそれとわかるほど、進んだ時刻を差していた。


 僕は、我慢できなかった。


 その次の日。

 僕は山田さんを呼び出した。

 どうしたのだろうと怪訝な顔をしている彼女を、人気のない後者裏へ連れて行く。

「……用事って、何?」

 振った相手に屈託なく笑う山田さん。確かにそれは僕が望んだことだ。友達でいて欲しいと頼んだからだ。でも、許せない。

 僕は彼女に飛びかかると、手の甲にある時計のスイッチをつまみ、思い切り巻き戻した。

 3時間。6時間。9時間。12時間。24時間。36時間。

 昨日、デートしていた時間を過ぎ。

 彼女が僕を振った日を指し。

 彼女が、僕に告白されたその日、その時間まで巻き戻して、僕は手を離した。


「……用事って、何?」

 やがて山田さんは、さっきと同じセリフを、にこやかな顔で言う。

 けれどそれは、僕のことを振って、先輩と付き合い始めた山田さんではない。

 僕に告白される前の——山田さんだ。

「僕と付き合ってくれないかな?」

 山田さんは驚いて、戸惑って、真っ赤になった後、少し考えさせて、と言った。

 頬が高潮しても彼女の歯車の動きは早まったりしていなかった。


 だからもう一度、巻き戻す。

 今度は30秒。


「……用事って、何?」

「僕と付き合ってくれないかな?」

 山田さんは驚いて、戸惑って、真っ赤になった後、少し考えさせて、と言った。

 巻き戻した。

「……用事って、何?」

「僕と付き合ってくれないかな?」

 山田さんは驚いて、戸惑って、真っ赤になった後、少し考えさせて、と言った。

 巻き戻した。

「……用事って、何?」

「僕と付き合ってくれないかな?」

 山田さんは驚いて、戸惑って、真っ赤になった後、少し考えさせて、と言った。

 巻き戻した。

「……用事って、何?」

「僕と付き合ってくれないかな?」

 山田さんは驚いて、戸惑って、真っ赤になった後、少し考えさせて、と言った。

 巻き戻した。

 それから、五十三回巻き戻して、

「僕と付き合ってくれないかな?」

 山田さんは驚いて、戸惑って、真っ赤になった後、

「……うん」と言った。

 かくして、僕らは付き合い始めた。


 ※ ※ ※


 あれから半年。

 僕らは順調に付き合っている。

 だけど、時々、厭な話を耳にしたりする。

 他のクラスの男子生徒たちが、廊下の端でひそひそと、山田って簡単にヤれるぜとか、そんなことを口にしているのだ。

 そしてそんな話を聴いた日には決まって、彼女の時計が30分ほど遅れていたりする。

 でも僕は気にしないことにしようと思う。

 だって、時計が巻き戻されてるんだったら、まだ起きていないことだし。

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