#12


“ナインゲート・ブリッジ暴動事件”から2週間。鳥飼楓は九十九霊園にいた。



【岸本家】と書かれた墓標の裏には親より先に一人娘の“美和”の名前が刻まれていた。楓は花と線香を供えると両手を合わせ深く頭を下げた。


 やりきれない気持ちでいっぱいだった。


“ナインゲート・ブリッジ”で起こった暴動の原因は橋の建設による第9地区の住民雇用に漏れた人間が起こしたものだったと聞いたからだ。

“ナインゲート・ブリッジ”で第9地区を救うと言ってた楓にとってその“ナインゲート・ブリッジ”が事件の発端となってしまったことはこの上ない衝撃だった

 そして最愛の人を失った楓はこれまで見せていた若きリーダーの面影はなく憔悴しきった。

そんな楓の後ろから声がした。

『いい刑事でした。岸本は』田所が立っていた。

『ここでしたか、鳥飼さん』田所もお供えの花を手に持っていた。

『田所さん・・でしたっけ?』楓は何か魂の抜けたような声で田所の方を向かずに答えた。

『僕は間違っていたのでしょうか?』

『橋の事ですか?』

『“ナインゲート・ブリッジ”で第9地区を救えると思っていました。5年後10年後を見据えて地区を再生出来ると確信してました・・』

『5年後、10年後では遅いんです』

 楓は田所の方へ振り返った。

『第9地区の住民は明日をも生きるのに必死な現状なんです。5年、10年など待っていられないんですよ』淡々と話しているが力の籠った声だった。

 さらに田所は続けて『あなたの取り組みは立派なことだと思っています。ですがこれは鳥飼さん、あなた側からの考え方に過ぎない。その結果、地区内格差が生まれてしまった』

『・・・・』

『失礼、少し言い過ぎました』田所は頭を下げた。

『いいえ、大丈夫です・・では僕はこれで・・』楓は無気力のままその場を立ち去ろうと歩き出した。

 それはつい先日までありあまるパワーを前面に押し出していた若社長の姿とはかけ離れており、田所はただ見送ることしたできなかった。

 墓地から立ち去る楓はそこで1人の老人と出くわした。知らない老人だ。

 老人は杖をついてはいるがその腰は曲がってなどなく、逆にピンと背筋が伸びており姿勢の正しい人だった。

『妻の墓参りにと思ってきましたが・・さて?どこだったか・・歳をとると物忘れが激しくなりましてな』老人は顎に蓄えた白いひげを撫でるように触りながら楓に話しかけた。


 楓は言葉を発することなくただ会釈だけしてその場を立ち去る。

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