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#1

 何も感じない闇。


 果てしなくつづく暗闇のなか、一切の感覚も感情もない

 もはやこれは『無』である。

 しかし、その暗闇に少しずつぼやけた明かりが射しこんでくる。

 それは次第に鮮明になっていき、『無』の領域から意識が戻るような

 感覚が生じた。





 そして僕は目を覚ました。




『鳥飼(とりがい)さん! 鳥飼さん! わかりますか?』

 白い服を着た女性がなにやら叫んでいる。

 この時点でまだ、僕の頭は正常に作動していないため、それが看護師の女性であるという認識ができなかった。

 すると奥から同じく白い服を着た男性が入ってきて『鳥飼さん、わかりますか?』と女性と同じ事を聞いてきた。

『ここは・・どこですか?』

 事態を飲み込めていない僕は今、どのような状況なのかを知りたかった。

 すると男性は『ここは病院です、ご自分のお名前言えますか?』

『鳥飼・・・楓(かえで)・・』 僕は答えた。

『記憶は失っていないようだな』と男性が女性に話しかけている、どうやらこの男性はこの病院の医師のようだ。

『あの・・なぜ僕はここにいるのですか?』 率直な疑問をぶつけてみた。

 すると医師は『自身の記憶自体は失っていないようですが、おそらくショックのせいで事件の記憶はないようですね』

『事件・・・?』

 事件とはなにか?なにかの事件に巻き込まれたというのか?

『そのへんの事は後ほど警察の方々が来られると思うのでそこで聞いてください』と言い医師は部屋から出て行った。

『ご家族の方に連絡をとりますね』と言い、女性も部屋から出て行った。



 事件・・・?一体なにがあったんだ??



 まだ頭がボーっとしているのと、目覚めていきなり飛び込んだ”事件に巻き込まれた”という事実に頭の整理がつかず、思考回路が追い付かない。

 一体、なにがあったのか? とりあえず僕はもう1度、目を閉じ眠りについた。





 廊下をけたたましく走る音が聞こえ、それがこちらに向かっているようである事は一目瞭然だった。

 病室のドアを勢いよく開け、第一声が聞こえた。

『楓! 目を覚ましたか!』 父親の鳥飼総一郎(そういちろう)だ。

『楓・・良かったわ・・』目を赤くして涙をこらえている母親の鳥飼和歌(わか)もいた。

『お兄ちゃん、もうだめかと思ったわよ』妹の鳥飼千佳(ちか)の姿もあった。

 いまだ事情がわからない僕にとっては何かピンと来ない部分もあるのだが、

 どうやら僕は、かなり危険な状態で”奇跡の生還”を果たしたようだ。

『いや・・父さん、一体に何が何だかわからなくて・・僕に何があったんだ?』

『お前は頭に銃弾を受けて1か月もずっと意識が戻らなかったんだ』


 ”銃弾を受けた?”どう言うことだ?


 まだ事態が掴めていないが、どうやら最初に医師の男が言っていた”後ほど警察が来る”と言ったことに関係があるのであろうことはわかった。

『これはもう奇跡としか言いようがないが、頭に受けた銃弾は運よく脳には当たらなかったようだが事件の事は覚えていないのか』と父は続けた。

『さっぱり』

『後で警察が事情を聞きに来ると思うから、詳しくはそこで聞けばいい』

『なにより楓の意識が戻ってよかったわ』母はまだ涙を浮かべていた。

『でも早く良くなってね、でないと会社は今、バタバタよ』と妹が言った。

『おい、千佳 まだそれはいいじゃないか』

『そうよ!会社は楓の体が良くなってからでいいわ』

 そこで気づいた、僕は”鳥飼インダストリー社”の社長を父さんから継いだんだった。

『そうだ、僕は”鳥飼インダストリー社”の新社長になったんだった』

『とりあえず、お前が帰ってくるまで会社は私がなんとかするから、お前はまず傷を治すんだ』

『たしかに、このまま会社に戻っても何もできないな』

 そして少しの間、家族の時間を過していた時、扉をノックする音が聞こえた。

 扉を少し開け、顔だけ出した女性の看護師が『すみません、鳥飼さん 警察の方がお見えになりました』

『あー わかった、すぐに通してくれ』と父が言った。

 さらに続けて『それじゃ楓、私たちは一旦家に帰るよ、あとで着替え持ってくるからな』

『ああ、そうだそれと会社の書類が溜ってるなら持ってきてよ、目を通すよ』

『わかった』

 そういうと、父、母、妹は部屋から出て行った。

 それと入れ替わりにスーツ姿の男2人が病室に入ってきた。

『どうも、お疲れのところすみません、九十九警察所強行班係の田所と言います』と40代ぐらいの男性がはじめに話し始めた。

『同じく強行班係の木部です』と20代の男性がつづけた。

 田所がこの場を仕切るように話し始めた。


『では事件のお話を聞かせてもらいますか』


楓はベットの上半身を少し上げた状態で、田所は丸椅子に座り、

若い木部は立たままのスタンスで話が始まった。

『あの、、先に言っときますが僕は今事件の事覚えていませんよ』

『ご自身の事は覚えていますか?』と田所は返した。

『ええ 名前は鳥飼楓28歳、鳥飼インダストリー社の社長です、、といっても就任したばかりで事件に巻き込まれてしまったので何もしてませんが』

父は鳥飼総一郎60歳、母は和歌で同じく60歳 妹が千佳28歳 どうですか?』と少し自慢げに楓は話した。

『なるほど、では事件の事だけがスッポリ抜けているようですね』

『ええ だから逆に教えてくださいよ、事件のこと』

田所は警察手帳に事件の詳細を書きこんでいたのか、その手帳をみながら話し始めた。

『約1ケ月前、あなたの鳥飼インダストリー社新社長就任会見とあわせて行われた美木本(みきもと)グループと業務提携の発表会見場で男が突如、乱入して

美木下氏に発砲しようとしたところを楓さん、あなたが庇(かば)って右側等部に銃弾を受け意識を失い今に至るといったところです』

田所は簡潔に事件の内容を話した。

そうだった、僕は美木本グループとこの九十九市とT都を結ぶ新しい橋の建設にむけて業務提携を交わしたのを思い出した。


すこしづつではあるが記憶が戻ってきたような気がした。






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