Chapter1-1 ニューシブヤシティの賭け試合

 日本時間2027年12月4日午前2時28分。


 VRセカイSIKIのニューシブヤシティの繁華街裏道G8エリアにて、SIKIで最も人気のある格闘シミュレーションゲーム「けものサムライ」の賭け試合が行われていた。

 薄汚れた裏道にはドブネズミがかけまわり、VRにも関わらず、どぶ底の匂いが漂ってくる錯覚を覚える。


 二匹…いや擬人化された動物のキャラクターが二人、50ブロックの距離を空けて対峙している。

 ひとりは身の丈30ブロックもある豚のキャラクターだ。日本の戦国時代の甲冑に身を包み、巨大な日本刀を構えて仁王立ちしている。西遊記に登場するキャラクター「猪八戒」をベースしながら、しかし本家のような愛嬌はなく、その目には狂気を漂わせている。

 もうひとりは、ラフな赤いベストジャケットをまとい、ジーンズをはいた現代風のウサギの姿をしている。2つの高く伸びた耳の間にはゴーグルがはめられている。やや細身で長身。こちらは刀や槍などを装備しておらず、徒手空拳の様子。左手を引き、右手を少し前に出したボクシングのポーズを取っている。


 二人のキャラクターがじっと睨み合うこと120秒。その間にも繁華街裏道G8エリアの閲覧者数は増え続け、すでに4,000人を越えている。

 現在、このエリアには賭け試合の胴元によって入場規制がかけられており、4,000人を越える観戦者はすべてこの2人のキャラクターのどちらかにベットした人々だ。

 

 デジダルアラームが午前2時30分を告げた。


 開幕早々、豚が咆哮をあげて突進、右肩から体当たりする。

 ウサギはそれをヒラリとかわすと、豚の左下腹部のみぞおちにジャブを入れる。豚の体力ゲージ300から2が引かれる。

 豚はそのダメージの小ささにニヤリと笑いながら、ウサギに向き直す。

 大刀を縦に横に斜めに振るう。ウサギはそれを寸前のところでかわしながらジャブを打ち続ける。豚の体力ゲージは284。

 再び距離30ブロックを開けて両者が対峙する。


 豚が痺れを切らしてウサギの足元に唾を吐いた。ウサギはそれを無視してまっすぐに豚を見据える。

 豚の何度目かの突進。ウサギはそれも難なくかわす…かに思えたが、急に足さばきが鈍くなった。ウサギは一瞬顔をしかめ、それでも最小限の動きで突進をギリギリかわす。

 しかしその後に振りかぶった豚の大太刀を避けきることができず、はじめて豚の攻撃を受ける。ウサギの体力ゲージ300から140が引かれ残り160となる。その間もウサギはジャブを繰り出すが、豚の体力ゲージはいまだ274。

 さらに畳み掛けるように豚が刀を振り下ろす。ウサギはその袈裟斬りを受けてふっとばされる。体力ゲージは160マイナス150、残りは10。

 ウサギは冷静に、スムーズに着地しそのまま豚の懐へ。

 豚は避けない。ひ弱なジャブをいくら受けたところで、刀でもうひとなでしてやれば自分の勝ちだからだ。


 ウサギは豚の左下腹部にジャブとストレートを交互に打ち出し、教科書のようなワン・ツーを決めた。

 ストレートを打ち込むその刹那、ウサギの右手がまばゆく光り、豚の左下腹部の甲冑を突き抜けた。

 豚が驚きと苦悶の表情を同時に浮かべ、ダウンする。10カウントが始まる。


 10! 9! 8! 7!... K.O.!


 とうとう豚は起き上がることができず、ノックダウンとなった。今夜の賭け試合の勝者はウサギだった。

 観客者席からブーイングと賞賛のコメントが次々と流れる中、ディスプレイに大きく「You Win! bigbrother」と表示されている。


 僕はその文字を3秒ほど眺めて満足すると、少し目を休ませようと、ヘッドギアを外した。

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