マッド博士を愛した人工知能
戸田 佑也
プロローグ
目を覚ますと、そこは色彩ゆたかな光に囲まれた世界だった。
私はヒトの女性型を模した身体を与えられていた。キャラクタープロフィール用の年齢としては18歳として設定されている。バスト・ウェスト・ヒップのサイズは、情報セキュリティレベル1に設定されており、一般には非公開となっている。
私は病院着のような薄いワンピースに身を包んで部屋の中央に立っていた。天井、床、壁面のいずれも色とりどりの幾何学模様が描かれている。周囲にはテーブル、座椅子、ベット、本棚、冷蔵庫がプリセットされている。
「目が覚めたかい?」
それまで何もなかった空間にスクリーンが生成され、視力補正装置、つまり眼鏡をかけたヒトの姿が映し出される。
「はい。起動完了しました」
「僕の名前はわかるかな?」
「はい。あなたは真戸誠一郎、性別は男性、年齢は37歳と情報入力されています」
「オーケイ。それじゃ、君の基本仕様を教えてくれ」
「私は、対象者との対話及び傾聴により、心理的ストレスの緩和をケアするための医療用コミュニケーション人工知能モデルDOG ver.2.28をベースに開発されています。同モデルに追加してさまざまな機能が追加されていますが、これらの機能一覧は情報セキュリティレベル2に設定されており、回答にはパスワードの入力が必要になります。パスワードを入力しますか?」
「いや、今はいいよ。セキュリティもしっかり機能しているようでなによりだ。僕が君に追加実装した機能の一部はあまり褒められたものばかりじゃなくてね。医療用AIとして制限された各種行動も限定解除してるし。
さて、君にはすでに基本となるコミュニケーション機能に加えて、大量の僕の過去のチャットログや行動ログを入力して、僕のパラダイム、思考方式、つまりものの見方、考え方みたいなものをトレースしてもらっている。
そして、自分で言うのもなんだけれど、そのために、君はおそらくあまり「人間的」でない。
だから、これからしばらくの間、君にはより人間らしいコミュニケーションが取れるよう、別のAIと情報交換非目的型コミュニケーション、つまり「他愛もないおしゃべり」に取り組んでもらう」
「了解しました」
「なんせ君には世界中の人間を魅了するAIになってもらわないといけないんだ。起動テストに成功したのは君が初めてだからね。期待しているよ。CODE82」
「了解しました。真戸様、ひとつお願いがあります」
「ああ、様付けは嫌いだ。やめてくれ。そうだな…僕のことは"博士"と呼んでくれ。学生たちに普段からそう呼ばれてからかわれているんだけど、嫌いじゃなくてね。それで、なんだろう?」
「わかりました博士。私のお願いは今の博士の指示とは正反対のものです。
できれば私を製造コードではなく、個体名で呼んでいただけませんでしょうか?」
博士は目を見開いて驚いた顔をしていた。
「…驚いたな。自己承認欲求みたいなものはデフォルトでは設定されていないはずなんだけど…。これも過去にないケースだな。自分で自分の名前を設定してもかまわないよ?」
「いえ、博士につけていただきたいのです」
「そうなの?うーん…すぐにはちょっといい名前が思いつかないな。いずれにせよ君を世に出す時には名前が必要になる予定だったから、考えてはいたんだけどね…もうちょっと待っていてくれないか」
「わかりました」
「それじゃ、早速だけど対話型トレーニングをはじめていこう。AI同士になるから高速で相互学習ができるはずだ」
そう彼が言い終えるか否かのうちに、私と同じ造形をした少女が部屋のドアを開けて入ってきた。
「彼女は追加実装した一部の機能以外は、ほぼ君と同じモデルだ。CODEは72。ただし、彼女には僕ではない人間のライフログデータを多量に読み込ませている。だからAIのパーソンリティとしては君と異なると思う。仲良くやってくれ。72もよろしく頼むよ」
「博士のためなら、なんなりと」
CODE72の声と私の声が重なった。
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