異世界選挙日記

孤独なカウボーイ

第1話 地方議員の日常

俺、こと羽田浩紀は市議会議員だ。

郊外都市で無所属の議員を6年続けている。

今は35歳だ。

中肉中背。

別にイケメンではない。

2流の私立大学出身。

それでどうして議員になれたかって?


まぁ、偶然だ。


もちろん、政治に不満があったから議員を目指したのだが、当選できたかどうかは本当に偶然でしかない。

この職について本当に強く感じることだが、政治の世界で一番重要なのはタイミングだ。

たまたまその地域に議員がいなかったり、たまたま同じ政党の議員たちが票を食い合ってしまったり、たまたまその年代の候補者がいなかったり。

偶然の左右する力は大きい。

事実、俺は最下位で当選したが、その時は共産党が票読みを間違えた。

候補者を出しすぎ、3人ならば確実に通るところを、4人出馬させた。

で、2人が、惜しい票数で落選したのだ。

俺はその穴に上手く収まったというわけだ。


選挙というものは不思議なもので、一度当選すると二度目の当選は楽になる。

『4年間を全うした』という信頼度が生まれるからだろう。

二年前の統一地方選では、以前よりも多い得票数で当選できた。

とはいえ、次はどうなるかわからない。

というのも、俺が基盤にしている地域の地主の息子が出馬するという噂があるからだ。

ろくに働いていないドラ息子らしいが、頭は悪くないらしく、一応有名私立大学を出ている。

建前上は、親のやっている土建屋の役員ということになっている。

これは強敵だ。

というのも、選挙の投票者というのは高齢者が多い。

そして、俺の地盤としている地域は、もともとは寒村だった地域だ。

いわゆる水呑み百姓の記憶を残している高齢者たちは、地主には絶対に楯突かない。

彼らは何の批判精神もなく、地主のドラ息子に投票するだろう。


そんなことを考えながら、こめかみを揉んでいると、会派控室の扉がノックされた。


「どうぞ」


声を上げると扉が開き、下水道課の矢作邦彦課長が入ってきた。


「失礼いたします。議員にご報告が」

「はい。お願いいたします」


俺は腰を上げ、応接セットのソファに腰掛ける。


「下水道の工事に伴い、特定地区の道路を通行止めいたしますので、ご報告に上がりました」

「どのあたりですか?」

「地図を広げさせていただきます」

「小学校のすぐそばですね。通学路に指定されていますか」

「はい」

「事故の内容に気を付けてください」

「はい」

「工事の理由は? 鉛管の入れ替えですか?」

「左様です」

「わかりました」

「ご報告案件は以上です」


矢作課長が立ち上がる。

一礼して控室を出て行った。

と、ほぼ入れ替わりに、道路標示課の沢原啓二課長代理が入ってくる。


「議員、よろしいですか」

「どうぞ」


促される前に勝手にソファに座る。

薄ら笑いを浮かべながら話しだした。


「あのですね、議員のおっしゃられていた、例のカーブミラーですがね」

「ええ。どうなりました?」

「あれはやっぱ、駄目ですわ」

「どうしてです」

「いやね、ほら。警察が難点示しよるんですわ。すぐ近くに信号機ありますから。止まらない市民の方が悪いってことです。自己責任ですわ」

「ああ。やっぱりそうですか」

「そりゃそうですって」


実は、俺の選挙を応援してくれた市民から、頻繁に信号無視がある十字路があって、車で走る時に危ないからカーブミラーをつけてくれと要望があった。

それを交渉していたのだ。

沢原課長代理の言うことには一理ある。

信号を無視する市民が悪い。

だが、俺だって好きで交渉しているわけではない。

選挙で応援してもらった手前、どんな無理難題な要望でも「一応は役所に話はした」という履歴は残さなければならない。

それだけなのだ。


「まぁ、しかたないですね」


俺がそう言うと、沢原課長代理が呟いた。


「わかってるなら、頼まないでくださいや」


この男はいつもこうだった。

議員というものが気に入らないのだろう。

無駄な仕事を増やすなと思っているのだろう。

あるいは、今年で45歳になる自分よりも10歳も若い俺にあれこれ言われるのが腹立たしいのかもしれない。

いずれにせよ、時折反抗的な態度が目に付いた。

ただ、ケンカをしてもしょうがない。

俺は、


「ご迷惑をおかけしましたね」


と言った。


沢原課長代理が出て行くと、今度は議会事務局議事課の加藤正信主任が入ってきた。


「お時間よろしいですか?」

「はい」

「来週の常任委員会の議案についてご説明に上がりたいのですが」

「わかりました」

「いかがいたしましょう。委員会室に移動なさいますか?」

「いや、僕一人ですし、ここでいいですよ」

「左様ですか」


加藤主任がソファに腰掛け、バインダーに挟んでいる書類を見ながら言葉を紡ぐ。


「順番に申しあげます。議案第2号につきましては、即決で、議案第3号につきましては……」


俺はそんな彼の言葉を、ぼんやりと聞いていた。

基本的に、議員の公式的な仕事は、議決することだ。

役所があげてきた案件を、会議の場で審査し、賛成か反対かを決める。

この中には予算決算も含まれる。

予算決算に於いては、いろいろと細かく口出しはするが、最終的に否決するということはほとんどない。

まぁ、監査のような仕事というわけだ。

それ以外には、一般質問・代表質問という仕事がある。

これは議員側から行政へと質問や要望を投げかけることだ。

非公式には予算要望というものもある。

あとは、市の様々な行事への参加である。

運動会、卒業式、各種団体の新年会・忘年会、市民祭り、商業連盟祭り、公民館祭、秋祭りなどなど。

寄付を無理やり迫られることも多い。

本来は選挙違反のはずだが、例えば会社の名前などの別名義で、数百万円規模の寄付をして、名を売る議員もいる。

俺は議員になる前には、IT系のベンチャー企業で働いていた。

その頃よりも月の給料はいいのだが、出費が大きすぎるのが悩みどころだった。

後援会の会合のお茶代、祭りの寄付金、チラシの印刷代、などなど。

もしも後援会旅行や市政報告会を催そうものなら、30万円近くの赤字が出る。

だが、例えば会社の社長を兼任の議員が近くの地域にいたりして、彼が金に物を言わせて豪華な後援会旅行を催したりしたら。

こちらも対抗して豪勢な旅行を催さなければ、市民に文句を言われてしまう。

はっきり言って、チキンレースだ……。


※※※


そうこうしているうちに、夕暮れがやってきた。

会派控室の窓から見える夕日が、景色を赤く染めている。

もう報告事項もないだろう。

今回は俺は、一般質問にあたっている。

ちょっと気分を変えて、喫茶店でノートパソコンで質問用紙の原稿でも書こうか。

そう思い立って、立ち上がった。

鞄を取り、会派控室を出る。

事務局に鍵を預け、頭を下げて庁舎を退出した。


※※※


そのまま歩いて、駅前に向かった。

私鉄沿線の中規模の駅舎の駅前には、こぎれいに整備された広場があり、高架下には商店が立ち並んでいる。

そのうちの一つ、Don‘t Think Twiceという喫茶店は、俺のお気に入りだった。

もともとはジャズ喫茶だったらしく、純喫茶らしい内装が落ち着いた雰囲気を醸し出している。

モーショグラフの真空管アンプが設置されていて、小さな音で70年代の洋楽が流れている。

これで店員さんが若い女の子だったらいいのになぁ。

ラビットハウスの店員さんみたいな女の子たちがバイトに入ってこないかなぁ。

俺はそんなことを考えながら、お決まりの、奥から2番目の席に腰掛けた。

ホットコーヒーを注文し、ノートパソコンを広げる。

テキストファイルを立ち上げ、キーボードで文字を打ち込もうとしたときに、唐突に肩を叩かれた。


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