黒い仲間

@gourikihayatomo

第1話

長老たちは巨体を震わせて祈った。

「私たちが一体どんな罪を犯したのでしょうか。これほどまでに過酷な運命を与えられるのは何故ですか。我々が犯した罪をお教えください。必ず償います。どうか我が一族をお救いください」


 長く続いた平和は突然、恐ろしい敵を迎えて揺らぎ、一族は絶滅の危機を迎えていた。

もちろん、これまでも世界には常に敵が存在した。誰もが天寿を全うできるとは限らず、将来を嘱望された若者、経験豊かな長老が思わぬ事故から命を落とすことも多かった。

宿敵「鋭い歯」の犠牲になるものも少なくなかったが、これは自然の定めであり、決して異議を唱えるべきものではないと一同承知していた。

それに「鋭い歯」は一族全体を危うくするものでもなかった。

しかし、この世界の外からやってきた新しい脅威はまったく違っていた。

「狩る者たち」は世界の境界を翔ける船に乗り、一族を襲撃した。

奴らの「飛ぶ牙」はわれわれの黒い皮膚を容易に切り裂き、「鋭い歯」を振り切る息の長さも、行く手を予測し界面で待ち伏せる「狩る者たち」の狡猾さにはなすすべはなかったのである。

しかも彼らの欲望は際限なかった。

「鋭い歯」や「冷たい目」は自分の腹が満ちれば狩りをやめる。けれどもこの小さな狩人たちの殺戮は一帯の一族を狩り尽くすまで終ること無く続くのだ。

そして最も忌むべきことは、奴らの目的が一族の血や肉ではないということだった。狩る者たちは一族の身体から脂だけを絞り取り、神聖な一族の肉体は打ち捨ててしまうのだ。

この仕打ちは屈辱であり、恐怖でもあった。これまで一族の肉を口にすることなど到底許されなかった小さきものや世界の外を飛ぶものまでもが、殺戮者が捨て去った一族の肉を口にするのである。「狩る者たち」のせいで、偉大なる種族も屍をついばまれる存在に成り下がったのだ。


一族の権威は永遠に失われた。

我々はこのまま滅びてしまうのであろうか。

我々の神は何の救いを与えることなく、我々を滅ぼしてしまうのか?

 長老たちは一族の神を祈り、求め続けた。

そして遂にシャーマンが海中に響きわたる叫びを発した。神の降臨だ。

「災いのときは永遠ならず。ひたすら祈れ、されば仲間が救いをもたらすであろう」

 一同は叫び、訊き返した。

「救いの訪れるはいつのことですか?」

「仲間はどこに現れるのですか?」

 シャーマンは身体をねじり、神の言葉をひねり出す。

「今しばらく待て」

 大きな潮吹き。

「おまえたちと同じく、黒い仲間だ」

 大きなジャンプ。

「黒い仲間の出現と共に、おまえたちを狩り尽くそうとした奴らがおまえたちの守護者に変わるであろう」

 雷鳴のごとき水音とともにシャーマンの巨体は水中に沈みこむ。

 クジラたちは祈った。歌った。世界中に響けとばかりに歌い続けた。

しかし、狩る者たちの船を破壊する強い仲間は現れなかった。

一族は祈るしかなかった。祈ることしか残されていなかった。

かれらは歌い続けた。


そしてあるとき突然、気づいた。

彼らを襲った狩るものたちが、敵でなくなってしまったことを。

もちろん、奴らはいた。奴らは決して消えなかった。以前に増してクジラ族の領域に侵入し続けた。しかし、もはや彼らは悪魔ではなかった。逆に一族の守護神を演じるようになっていた。理由はわからない。

クジラたちは神に感謝した。しかし同時に油断せず、神の約束の残り半分がどのように成就するのかを見守った。神は約束したのだ。

「もし狩るものたちが黒い仲間と真に生きる道を学ばねば、黒い仲間が彼らを滅ぼすであろう」と。

一族は子孫たちに神の恩寵を語り継ぐことを命じた。神が彼らに約束し、果たしてくれた救いを称えた。しかし一方で、神が約束した「黒い仲間」はいまだ現れないことをどう理解すればいいのか分からなかった。


クジラたちは知らなかったのだ。

黒い仲間が既に小さきものたちの世界に出現し、彼らの身代わりとなったことを。

その「石油」という名の、やがては小さきものたちを滅ぼすであろう黒い仲間のことを、クジラたちは決して知ることはなかったのである。


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