ミッドウェー

@gourikihayatomo

第1話

間に合えばいいのだが。

 そう思ってすぐ、間の抜けた杞憂に思わずニヤリとする。間に合うことだけは確かなのだ。もちろん、タイムマシンを正しくセットしていれば、だけど。

 そう、僕はタイムマシンを発明したのだ。出来上がってみればコロンブスの卵、相対性理論をちょっとひねれば航時理論を導くのは案外簡単なことだった。そして記念すべき最初の時間旅行目的に僕はミッドウェーを選んだ。

 少しでも歴史を勉強した日本人なら僕の気持ちは理解できるだろう。開戦劈頭、ハワイ真珠湾奇襲を成功させて太平洋戦争に突入した日本海軍は向かうところ敵なしの活躍の後、アメリカの太平洋艦隊を撃滅するためにミッドウェー海戦を企てた。

 山本五十六は、日本軍の強襲に慌てて出撃するアメリカ艦隊を日本の誇る航空機動部隊で殲滅して太平洋の制空権、制海権を握りそのまま引き分けにして講和に持ち込むつもりだったのだ。

 国民は明治時代と同様、賠償金のない講和に不満を示すだろうが、日本海海戦に匹敵する完璧な勝利がもたらされれば、指導部は五十六の方針に反対できないはずだ。

 もしあの時、ミッドウェー島2次攻撃を思いとどまり探敵行動を続けていれば、もし敵を発見した直後に艦載機が飛び立っていれば、もし陸上爆弾を魚雷に積替えずに飛び立っていれば、もし、もし、もし。

 ミッドウェーには大いに勝つチャンスはあったのだ。それなのに。

 勿論、五十六の読みが外れて戦いが続き、太平洋戦争が敗戦に終わる確率の方がはるかに高いことはわかっていたが、歴戦の勇者達が上層部の判断ミスで、何らなすところなく、太平洋の藻屑と消えたことが悔しいのだ。彼らに日本海軍の実力を示させてやりたかった。


 僕は航空母艦「飛竜」の船室にジャンプした。

 ここには連合艦隊でただ一人、タイムトラベラーの途方もない話に耳を傾け、即座に行動に移れる可能性のある提督、山口多聞がいたからだ。

 彼はアメリカ機動部隊発見後、地上攻撃爆弾のまま出撃することを進言し、進言が聞き入れられずに日本空母機動部隊が壊滅した後も飛竜ただ一隻でアメリカと戦い、ヨークタウンと刺し違える戦果を上げたのだった。

 彼なら僕の話を直ぐに理解して、艦隊に作戦変更を受け入れさせることができるに違いない。僕は興奮にゾクゾクした。

 部屋に実体化し、周囲を見回しながら落ち着きが戻るのを待っていた時、一番重要なことに気づいた。どうやって山口提督と会えばいいのだろうか。僕はそれを考えていなかった。乗組員がこの非常時に不審な人間を司令官のところに連れていくはずはないではないか。

 その瞬間、僕が潜んでいた部屋のドアが開いた。そこには銃を構えた水兵達がこちらを睨んでいたのだ。

 ああ、万事窮す。

「あの、僕は、」

「分かっています。こちらへお越しください」

「えっ?」

 訳のわからない僕を彼らは左右から支え、そのまま歩き始めた。

「何処に連れて行くのですか」

 彼らの穏やかな様子にホッとしつつもなお半信半疑で問う僕に彼らは更に驚く言葉を発した。

「司令官がお待ちです」


 まさか。まだ何一つ説明していないのに、僕を司令官に会わせてくれるなんて。

 初めて艦橋から見下ろす空母の勇姿は素晴らしかった。戦闘を目前にして轟音をとどろかす艦載攻撃機、その間を整然とかつきびきび進む勇士たち、日本の尊い宝であった。彼らを無駄死にさせたくない、その気持ちは一層高まった。

 僕は司令官に向かいあった。

「山口閣下、どのようにしてあなたは僕の到着を知ったのですか」

「驚くのは無理ない。確かにわしは君たちがくることを知っていた。それで部下に艦内を定期的に探させていたのだ」

「僕の到着を知っていたのですか。えっ、君たちですって?」

 僕は山口少将の意外な言葉にまた驚いた。彼は僕の到着を予期していただけなく、あたかも何人ものタイムトラベラーがいるかのように言ったからだ。

 僕は自分の疑問の答を司令官の後方にいる一団、士官たちと明らかに違う服装の人間たちを見た時、知った。日米決戦に場違いな者たちが僕以外にもいる、彼らもまさか。

 まさしく彼らはタイムトラベラーだった。服装も体格も様々ながら、未来から我こそ日本を救うという決意の時間飛行者たちがただ一時点に集結したに違いない。


 冷静に考えれば容易に分かることだった。日本人にとって最も無念な歴史の一つであるミッドウェー海戦をひっくり返すチャンスがあるのはここだけなのだ。日本の歴史が続く限り、数千年の時間線を越えてタイムマシンを発明した、もしくは使うチャンスを得た日本人がこの数時間に集結し続けるにちがいない。

 その彼らが一様に声を押し殺して外を見ている。

 僕が口を開こうとした機先を制して山口多聞が言った。


「我々を待ち受ける運命については何度も聞かされた。初めて聞いた時は流石に愕然としたが、これだけ次々と君たちが訪れれば信じないわけにはいかない。我々が取るべき作戦も知らされた。私の具申した作戦とほぼ同じだ。しかし、連合艦隊は決断できずに敗れた。それが歴史の事実なんだね」

「そうです、だから僕たちは」

 僕たちだって。自分でも他のタイムトラベラーを認めているのがおかしかった。

「残念ながら、我々はその作戦を取らない。今、大急ぎで艦爆の爆弾を交換しつつある。あと5分は掛からないだろう」

「でも、それでは」

「間に合わないのかね。我々はやられるのかもしれない。しかしこれしか道はないのだ。もし我々が作戦を変更し、アメリカ艦隊を沈めたとしよう。すると今度はアメリカ艦隊の艦橋にアメリカ人のタイムトラベラーたちが立つことになるだろう」

「まさか」

 しかし、僕には山口提督の言葉の意味が分かっていた。

「私たちはここでは敗れるしかないのだ、と思う。歴史を完結させるためには。日本は戦争には負けるが、平和な時代を築くことになると言うではないか。君たちのような日本を思う素晴らしい子孫を残せて私たちは幸せだ」

「でも……」


突然、警報が発令された。

「敵機襲来。艦隊の上空です!」


 その時、上空から空気を切り裂くドーントレスの風切り音が響いてきた。


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