声
僕は死にたくて
街を彷徨った。
確実に死ねる場所を
誰にも邪魔されない場所を
探して街を彷徨った。
車道はドライバーに委ねられ
駅のホームは人がひしめきあう。
何処かの部屋で首を吊っても
何処かのバスルームで手首を切っても
死ぬことに失敗するかもしれない。
この街は人が多すぎる。
僕を上手く死なせてくれない。
けれど僕を孤独にする。
僕を殺していく。
ビル群の隙間から覗く月を見上げる。
人の明かりごときに負ける星。
あんなに大きい月も頼りない光を落す。
僕を照らすのか照らさないのかはっきりしない。
生かす価値が有るか無いか
お前も決めかねているんだろう?
そうか……
宇宙さえ遮ってしまう巨大な建造物。
あのビルの上になら
僕の探していた場所がきっとある。
やっと見つけた。
冷えたノブを捻る。
僕を拒絶することはなかった。
重いドアを押し開けると
冷たい風が強く迎えた。
1歩ずつ踏み出す。
ドアのゆっくりと閉まる音が背中に囁く…
バイバイ と。
広い
暗い
寒い
でも月は近い。
こんな腐った街にしてはなかなか上出来な夜空だと思う。
端から廻ってみる。
フェンスは高く
僕が来ることを知っていたように拒んでいる。
でも甘いよ。
『死ぬ気になれば何でも出来る』
そんな無責任な言葉を吐いたのはお前達だろう?
このビルの持ち主には悪いけれど
それを思い知ることになるよ。
ゆっくりと歩を進めていると
胸の高さで揺れる、薄汚れた小さな袋を見つけた。
直感した。
これは遺品だ。
僕は風にはためくそれをフェンスから解いた。
固く縛られた口を開く。
暗闇で中身は見えない。
手を入れると
何かに触れた。
紙だ。
取り出すとそれは折り畳まれた一枚の紙だった。
恐らく遺書だ。
広げると月明かりを頼りに目を凝らした。
貴方へ
私はここに死ぬために来ました
貴方もそうですか?
もしそうなら少しだけ、私に付き合ってください
やっぱり……
先客が居たわけだ。
私はあと数ヶ月の命です
今日宣告されました
私の人生は辛いことばかりでした
周囲が与えてくれるのは痛みか孤独でした
自分でも取り柄のない人間だと分かってます
必死で頑張っても上手くいかない事ばかりでした
努力不足と言う人もいます
出来ない人間の気持ちは分からないのでしょう
日常に生き残るために、私は命がけで努力をしたつもりでした
でもいつも失敗した
私は誰にも認められず、誰にも必要とされなかった
いつも苦しくて悲しかった
淋しくて泣きたかった
何度も死にたいと思った
でも私は諦めたくなかった
生きていればきっといつか良い事があるって、毎日毎日自分に言い聞かせていました
でも今日、私は生きる権利も失いました
ねぇ
私達は何の為に生まれてきたの?
こうして手足が自由に動いて
こうして呼吸ができても
誰も自分の事を見てくれないなら、本当に生きているのか分からなくならない?
誰も愛してくれなくて
誰も愛せなくて
私は誰の力にもなれなかった
私は誰も幸せにできなかった
私は世界に必要ない
この世界は私を必要としていない
でも
死ぬのは怖いの
ここを越えれば私は死ぬ
でも本当は死にたくない
もっと生きたい
もっと笑ったり泣いたりしたい
辛い想いも淋しい想いも、もっとしても良かった
生きられるならどんなことが起きても良かった
貴方もここを越えなければまだ生きられるの?
それなら生きて欲しい
いま私が見てる景色や見上げてるあの月を、貴方が私より遠い未来まで連れていってくれるなら
私も最期まで頑張ってみるから
お願い
もっと生きてください
辛いこともいっぱいあるかもしれない
心はいつも優しくはないかもしれない
でも貴方に生きて欲しい
きっと命はいつも優しいから。
……手紙が霞む。
拭うと日付が読めた。
一年前。
きっともう彼女はこの世にいない。
次々と濡れる頬に風が冷たい。
会いたかった……
手紙を裏返して
僕はそれに気づいた。
“ありがとう”
“頑張るよ”
“救われた”
“愛してる”
いくつものメッセージが残されていた。
袋をあさると誰かが残した一本のペンが入っていた。
蓋を取ると
一言だけ書き足した。
“生きるよ”
フェンスに固く結びつける。
風に負けずに歩いた。
別れを告げたドアの
冷えたノブを握る。
一度だけ月を見上げた。
今ははっきりと声が聴こえる……
君を照らしている と。
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